12
「『この手記を見ている里の者へ』か。
やっぱりカークスさんだったみたいだ」
最初のページにはそんな書き出しで始まった。突然亡くなってしまったと思っていた里の薬師の人。
確か、卵が孵るのが凄く遅かった覚えがある。たまたまその前の里の薬師と波長があい、小さな頃から習っていたとかなんとか。多分、里の薬師として安泰だったはずなのに、使い魔が双頭だっただけで里を離れることになったんだろう。
「そんな人がわざわざなんで書き置き残したんだろうな…」
「ギィ?」
使い魔が不思議そうにこちらを見てくる。
そんなことを問われてもわからない、と言いたげだ。
苦笑して、続きに目を通す。
『この手記を見ている里の者へ。
私は里では薬師の仕事をしていたカークスという。
単刀直入に言おう。あの里は何かがおかしい』
「…うん、それは知ってる」
使い魔と共に生きることを産まれたときから義務づけるくせに、いざその使い魔が自分たちの気に入らないものだと排除するのだ。おかしいにもほどがある。
里を離れて、外部の人の声も聞いて、その思いは一層強くなった。
書き付けに相槌をうつなんて端から見れば変な人かもしれないけれど、思わず同意してしまった。
『あの里出身であれば、君もきっと寝話に里の古くからの言い伝えを聞いているだろう。
悪の化身が世界を恐怖の底に落とした話だ』
「あぁ、あれか。老人達がこぞって子供に聞かせたがるやつ」
昔々の話。この世界がまだ混沌としていた頃。
悪の化身が現れて、世界を支配しようとした。人間は蹂躙され、滅びるところだった。しかし、そこに勇者が現れた。勇者は数々の試練を乗り越えて世界の果てに到達し、悪の化身を討ち果たす。
特にひねりのない話だけれど、里の子供の娯楽は少ない。自分もなかなか寝付かないキリに適当にアレンジして話してやった記憶がある。
「孤児の家の皆ってあんまりそういう話しなかったからなぁ…。他の家庭より聞いてないんだよ」
家族に年老いた者がいると、耳にタコができるほど聞かされるらしい。しかも、ユリウスのように話にアレンジを加えようものならかなり怒られていた記憶がある。子供のたくましい想像力で「実はその悪の化身は俺だったのだー!」とでもやろうものなら大目玉を食らっていた。
『この村の人間に聞いたところ、どうもその話は事実をおとぎ話風にアレンジしたものらしい。里の多頭嫌いもどうやらそこから来ているようだ』
「へえ…あとで聞いてみよう」
『俺は残念ながら、多頭は悪だ、とガッチリすりこまれた人間だった。
そんな俺の元にきた使い魔は双頭の烏だった。賢く良い子だ。けれど、どうしても拒絶してしまう。本当に、可哀想なやつだ。
今これを読んでいる君が里から逃げてきたとすれば、同じ思いを抱いているのではないだろうか。
多頭は悪ではない。多頭を悪と思い込ませたい里の、何らかの意図がある』
「…何らかの意図、かぁ」
折角産まれてきた使い魔を好きになれない。それは、主にとっても使い魔にとっても不幸なことだ。
主の魔力をたっぷり浴びて育った使い魔は例外なく主に好意を持つ。その好意の示し方が素直じゃない奴もそれなりにはいるけれど。
有事の際には、身を挺してでも主を庇ったりする。
そんな相棒を好きになれない。里のよくわからない教えのせいで。
「そう考えると、俺孤児の家出身で良かったのかもしれない」
親がいないという寂しさは、キリがいるおかげでそこまで感じることは無かった。その上、里の変な教えにもそこまで染まらなかった、と思う。
おかげで、何に縛られることもなくこの使い魔が可愛いと思える。
なんとなく使い魔を引き寄せて抱きしめた。勿論、力加減は気をつけたけど。そうじゃないとこの子はまだまだ小さくて潰してしまいそうだから。
「ギュ?」
なんだなんだ? という顔をしつつも、使い魔は逃げなかった。それどころか嬉しそうに頬ずりをしてくる。使い魔の鱗は意外とサラサラしていて心地よかった。
「おーい、ユリウスくんいるかー?」
「あっ、はい!」
外からロイドの声が聞こえて、読む作業を中断する。気付けばそろそろ読み物には向かないくらいに日が傾いていた。
続きは明日以降にしよう。そう考えて、適当な場所に手記を置く。
「お、いたいた。
今干し草とシーツになりそうな布を持ってきたから使ってくれ」
「ありがとうございます、助かります」
「あと姉さんが呼んでるぜ。
助けてくれたお礼にたっぷり飯作ってるらしいぞ。
アントだけじゃなく他の魔物も倒したんだってな」
「たまたまですよ。でもそのお陰でこうやってご飯と寝床にありつけているのであの魔物には感謝しないと」
「確かにそうかもなぁ。実は俺のとこにもお裾分けが来たんでな。ユリウスさまさまだよ。
っと、姉さんのとこまで案内するぜ」
道中に倒した猪の魔物は、今日の料理の主役として活躍してくれるようだ。
里を出てから久々に食べるまともな料理に気が早い胃袋がぐぅと自己主張してきた。
「そういや、君の使い魔は食べるのか?」
「…どうでしょう?
もし食べたがったらちょっとお行儀悪いかもしれないですが、俺のを分けてあげるので大丈夫です」
「いいのか? 使い魔ってめちゃめちゃ食べるだろう?
君の食べる分が無くなるんじゃないか?」
「ギーー!」
そんなことはしない、とでも言うように使い魔が抗議の声をあげる。
「さっきアントをお腹いっぱい食べたので多分大丈夫じゃないですかね?」
「なるほど?
君たちは仲いいみたいで安心したよ。カークスが連れてた子はいっつもカークスの方チラチラ見ては遠慮してたからなぁ」
「ギ! ゆぃうす! すち! ギー!」
「んー?」
まだまだうまく話せない使い魔。だが、なんていうかもうそこがいい気がする。小さい生き物は身を守るために可愛らしいと聞くが、まさにその典型だと思う。
とにかく、うちの使い魔は可愛い。それもかなりだ。
「かわいいなーお前」
何を喋っているかはまだわからないけど、子供特有の愛らしさがあると思う。
ちなみに、ごく普通の村で育った一般人のロイドはというと。
「…あれは、可愛いのか。そうか」
若干困惑していた。
閲覧ありがとうございます。
毎日更新を予定しています。
よろしくお願いします。