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「ゆぃぅす」


「…ん?」


 誰もいないはずの納屋の近く。いるのは自分と使い魔のみ。

 であれば、今の声は…。


「今の、お前か!?」


「ギッギッ! ゆぃぅす!」


 いつもはギィギィと鳴く使い魔が、少し頼りない発音で自分を呼んだ。そのことに、なんだか泣きそうになってしまう。

 まだまだ小さい身体を抱き上げて、目線を合わせた。


「喋れるようになったのか…」


「ギッ! ゆぃぅす! ゆぃうす!」


「魔物を食べて不足した栄養とか摂取できたのかな…?

 よくわからないけれど、もう少ししたら会話も楽しめそうで嬉しいよ。

 どこか不調とかはない?」


「ギィ~!」


 本人も言葉を発することができて嬉しいのかちょっとテンションが高い。手の上でコロコロと転がり回って危うく落とすところだった。


「えーと、じゃあお前自分の名前は?」


 可愛い可愛い使い魔。

 確かに見た目はちょっと怖いかもしれない。今は手のひらサイズで、丸まって胸ポケットに収まっているけれど、いずれは収まりきらなくなるはずだ。どこまで成長するかわからないけれど、頭が五つでトゲトゲした蛇となるとやはり威圧感はある。

 それでも、だ。

 ユリウスにとっては唯一無二の相棒なのだ。

 その相棒の名前をちゃんと呼んであげたいという気持ちは自然なことだと思う。


「あぁと!」


「アアト?」


 フルフル、と五つの頭が横に揺れる。本人が発音したいものと、発音できているものは大分差があるようだ。

 四苦八苦して伝えようとしている雰囲気は伝わってくるモノの、内容を把握するのは難しい。


「んー…魔物を食べたら少し話せるようになったってことは、もうちょっとしたらちゃんと聞けるようになるかもだな。

 …ってこら! お前お腹いっぱい食べたんだろ! 過剰に食べたら腹壊すからだめだ。めっ!」


 たくさん食べたらきちんとお話出来るかもしれない、という仮説を聞いて残していたアリの元へ行こうとする使い魔。それをちょっと叱って押さえつける。

 一度に大量に摂取してもいいことはそんなにない。反動でもあったら大変だ。


「あのな、焦らなくていいから。

 出来ることは少しずつ増やしていこう?」


 しょんぼりしてちょっぴり拗ねてしまった姿に思わず苦笑が漏れる。背中を丸めて尻尾でツンツンと地面を刺しているのだ。とてもわかりやすい拗ねっぷりだ。

 本人としても喋られるようになったことはとても嬉しいのだろう。


「明日は時間を見て村の周囲を巡回するつもりなんだ。

 魔物を見つけて、倒せそうだったら倒すよ。で、そのときお腹が空いてたら食べるといい」


「ギィ…」


「なんだよ~。

 俺はお前が名前を呼んでくれただけでも嬉しいんだぞ?」


「ギギ…?」


 ツンツンつついてやれば「ホント?」と確かめるようにコチラを向く。


「あのな。俺はお前がちゃんと生きてここにいてくれるだけで十分嬉しい。

 成長して話したり一緒に戦ったりできれば色々楽にはなるのかもしれないし、それはそれできっと嬉しいと思う。

 でも、生きててくれているだけでほんと嬉しいんだ」


 ほんの数日前のことを思い出す。

 抵抗すら出来ず、割られてしまった使い魔の卵。いや、もしかしたら抵抗自体は出来たのかも知れない。けれど、俺はそれをしなかった。

 あんな風になってなお、ユリウスは考えてしまったのだ。

 平穏無事に生きていくには、これは受け入れるしかないんじゃないか、と。

 それはつまり、この使い魔の命を諦めたと言うことと同義だ。

 そのくせ、本当に卵を割られたときは泣いてわめいて。自分のことばかりだった。懸命に命を繋ごうと頑張っていた使い魔に気づきもしなかったのは。今思い出しても自分で自分に腹が立つ。いや、腹が立つというか、情けないというか。

 ともかく、あんなことは二度としたくない。

 そして、何も伝えられないのも、同じくらいイヤだ。キリにはほとんど何も伝えられなかった、という後悔もある。


「ゆっくりでいいよ。お前が急いで大きくなろうって頑張ってくれてるのはすごく嬉しい。

 でも、無茶だけはしないでほしい。

 お前は少し生まれが特殊になってしまったから、それが今後どう影響するかわからないだろう?

 ちょっと慎重すぎるかな? くらいでいいと思ってる」


「ギィ…」


「過保護かな?

 でも、そのくらい大事にしたいんだ」


 五つある頭を順番に撫でてやる。

 納得したのか、頭をスリスリと手にこすりつけてきた。どうやら甘えてきているようだ。


「ゆっくり俺らのペースで頑張ろう。

 俺も正直出来た主人じゃないから、一緒に成長していきたいんだ」


「ギッ! ゆぃうす! ギギッ!」


 元気よく返事をした使い魔に目一杯の愛情表現をして、暫く戯れた。舌っ足らずで意味は上手く通じないけれど、それでも喋れるようになったことが嬉しいらしい。半分くらいは意味を理解出来なかったけれど、それでもそれなりにお喋りを楽しんだ。

 だが、そうダラダラとしてはいられない。

 貸して貰った納屋は、快適に暮らせるとは言いがたい環境なのだ。

 カークスがここに住んでいたのはもう大分前だ。その後は物置として使われていたらしく、ちょっと埃っぽい。今までの道中は野宿だったので雨風を凌げて安心して眠れるだけでも大分違うけれど、それでももう少し快適に過ごしたいと思うのが人情だろう。

 成立しているか怪しい会話を楽しみながら、戸を開け放してちょこちょこと納屋の中を片付ける。

 納屋は採光すらも考えられていない作りなので、扉を開けていなければとても薄暗い。しかも村の人の共同の物置らしく、あまり掃除もされていないようだ。あちこちに土や、もしかしたら堆肥なども落ちているのかもしれない。

 ちょうど掃除道具なんかも突っ込まれていたので綺麗に掃除をする。

 ユリウスはこういった作業は特に苦にしないタイプだ。上機嫌に肩に乗っている使い魔と、半分通じていない会話を楽しみながら掃除をする。


「…あれ? なんだこれ」


 そうやって片付けていると、納屋にはあまり見かけないものを見つけた。書き付けを綴じた本モドキだ。書き付けに使われているのは木の皮。里でよく見かけたもの。


「もしかして…」


 少しの期待を込めて、ページをめくる。

 中身はユリウスの想像通り、里の薬師であった彼カークスのものだった。


「…綺麗な字書けるんじゃん」


 里に残してきたものは、どうやら万が一を考えてわざと汚く書いていたようだ。いや、もしかしたら、今ユリウスの手元に書いたモノのほうを殊更丁寧に書いただけかもしれないけれど。

 ともかく、これはカークスが誰かに、このあとこの村に逃げてくるであろう里の者に向けたメッセージなのだと思う。少なくともユリウスにはそう思えた。


閲覧ありがとうございます。


一日二回更新できるようにがんまります!


よろしくお願いいたします。

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