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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

唐突に、コロナ19のトンデモ説が攻めてきました

 唐突に、コロナ19のトンデモ説が攻めてきました。

 僕は街を歩いていると、何かと色々な勧誘を受ける性質だったりします。外見がいかにも騙し易そうだからか、弱小生物のオーラを漂わせているからか、それともそういった類の人達を引き付ける何らかのフェロモンを発しているからかは分かりませんが、とにかく、自己啓発セミナーやら、美術品のセールスやらといった人達によく話しかけられます。

 そして、その時は宗教でした。

 駅で電車を待っている間、少し時間を潰していたのですが、その時に。

 宗教の勧誘だと分かったなら、さっさと逃げれば良さそうなものですが、その勧誘をしてきた彼女が意外にけっこーな美人だったものですから、「勧誘だと分かっていても、こんな美人と話せるのなら」と、邪な欲求に抗い切れず、ついつい長話をしてしまったのです。

 もし、彼女の言う事が正しかったなら、その時点で罰が当たりそうな感じですが、少なくとも暗雲が立ち込めもしないし、地震が起こりそうな気配もありません。

 その彼女はこんな奇妙な事を僕に滔々と語りました。

 「コロナ19は、黒い聖母様が白人男性中心のこの社会を罰する為に引き起こした感染症なのです!」

 因みに、コロナ19ってのは、中国の武漢が起源とされる、2020年1月頃から世界中に感染が広がり始めた新型コロナウィルスの事で、黒い聖母様ってのは、その名の通り、キリスト教の聖母マリアの色が黒いものを言います。

 彼女の所属する宗教団体ではその黒い聖母を信仰しているらしいです。黒い聖母って一応世界の様々な場所で信仰があり、様々な解釈があるのですが、彼女の所属する団体ではマリア様を黒人だと見做しているようです。

 まぁ、多分、だから白人の、特に男性を敵視しているのでしょう。

 彼女は語れば語る程、その口調に熱を帯びさせていました。分かっています。恐らく悪いのは僕なのでしょう。「美人と話せる」というただそれだけの為に聞き上手を演じてしまったのですから。

 はい。

 その頃になると、「美人と話せる」よりも「逃げたい」というか、危機感の方が大きくなっていたのです。

 「よく考えてみてください!」

 彼女は力強く言いました。

 「感染症が特に猛威を振るっているのは、白人が強い権威を持っている国が中心です。しかも、死者は男性の方が女性の二倍ほども多いというじゃありませんか!」

 「はぁ」とそれに僕は応えます。

 もっとも、心の中では“でも、犠牲になっているのは貧困層の方が多いっていうし、男性の死者が多いのは、喫煙率が高いからだって言われているけども”と呟いていたりなんかしていたのですが。

 本気でそろそろ切り上げたかったのですが、彼女はどうも更にヒートアップしそうな様子。これはまずい。実は僕が待っていた電車は既に出発してしまっていたのです。これ以上、乗る電車を逃したくはありません。

 そこで、僕は閃きました。

 “毒を以て毒を制す”というのはどうだろう?

 着信メールを確認する振りをして、スマートフォンをこっそり操作し、やはりこの駅で知り合った別の女性に連絡を取ります。

 或いは、“彼女”なら今日もこの駅の近くにいるかもしれないと思って。

 すると、案の定、現れました。黒い聖母教の彼女(長いので、黒い聖母さんと呼びますが)の背後から近付いて来ています。どうも彼女の喋る内容を聞いているよう。

 そして、直ぐ傍にまで来ると、不意にこう言いました。

 「違うわよ! コロナ19は、自然霊が自然を蔑ろにする人間社会を罰する為に、感染を広げたのよ!」

 背後からの突然のその言葉に、黒い聖母さんは驚きの表情で振り向きました。

 はい。

 実はその呼び出した彼女も宗教だったりするのです。自然霊を信仰する宗教(彼女は便宜上、自然さんとでも呼びますか)。もちろん、僕は宗教には興味はありません。彼女の連絡先を押さえておいたのは、彼女が思いの外可愛かったからで……。

 “懲りねーな、お前は”とか、どうか思わないでください。だって、何かの切っ掛けで勧誘が恋愛に変わるかもしれないじゃないですか! そのタイミングで宗教団体から脱退するかもしれないじゃないですか!

 ごめんなさい。

 ちょっと、願望から現実を捻じ曲げてしまった感はあります。

 まぁ、人間って、そんな生き物ですよね。

 なんと言うか、今の彼女達を見ていても、それは非常によく分かります。

 

 自然さんは熱く語り続けていました。

 「その証拠に、コロナ19によって経済自粛に追い込まれた結果、人間社会の二酸化炭素排出量は大幅に減ったわ!

 ブラジルはアマゾンの火災を放置したけれど、そのブラジルは感染が拡大している! これは自然霊からの明らかな罰よ!」

 “うーん”と、それを聞いて僕。

 “まぁ、確かに「やればできるんじゃないの?」って二酸化炭素排出量が減ったニュースを聞いて思いはしたけれど……

 ってか、ブラジルのケースは大統領が経済を優先させたからじゃいのかなぁ?”

 そんな自然さんの主張を黒い聖母さんが認めるはずもありませんでした。

 「違います! ブラジルに感染が拡大しているのは、男性原理的で白人至上主義的な男を大統領に選んでしまったからよ!」

 そう言い返しています。

 男性原理の所為で、リスク選好性が高くって、感染を恐れなかったって考えるのなら、多少は当たっているような気もしないではないですが。

 もちろん、何を信じるのかといった信念の問題なんで、これはどこまでいっても平行線。交わる事はないでしょう。また自然さんが口を開きます。

 「じゃ、中国から感染症が広がった理由は?」

 「“中国には気を許すな”って、メッセージよ!」

 「同意!」

 ……と、思ったら交わりました。

 そこは同意見なんだ。

 ただ、それはその話題だけで、その後は再び平行線の言い合いを始めます。

 “あっ…… これは逃げるチャンスかも”

 と、それを見て僕は思いました。

 それから僕は、そんなヒートアップしている彼女達を尻目にそっとその場を離れたのです。気付かれていない。どうやら、これでようやく電車に乗れそうです。

 彼女達に多少は「悪いなーっ」て気持ちもあることはありますが、次に会った時には河原で殴り合って友情を芽生えさせた番長達のよーに、すっかり仲良くなっているかもしれませんし、ここは気にしないでおくことにします。

 

 ――複数の情報を関連させたり、共通項を見つけたりして、何かしら結論を引き出す能力を人間は持っているものです。

 帰納的思考に、アブダクション。

 これはとても優れた能力ですが、だからこそ、時に妙な幻想を抱いてしまうものなのでしょう……

 気を付けなくちゃ駄目ですね。

 

 帰りの電車の中、近くにいた高齢の男性のこんな言葉が聞こえて来ました。

 

 「国が最初の頃、コロナ対策を充分にやらなかったってのはよ、俺らみたいな年寄りに死んで欲しいと思っていたからじゃねーのか?

 年金とか医療費とか払いたくないからよ」

 

 これもさっきの彼女達の主張の類でしょう。人間が情報と情報の関連性の中に見出してしまう幻想……

 もう一人が言いました。

 

 「コロナのどさくさで、年金の支給を75歳まで引き上げるってな議論をしているみたいだしな。

 年金財政はピンチだから、できる限り多く年寄りに死んで欲しいってのが本音じゃねーのか?

 どっちも厚生労働省だしな」

 

 まぁ、多分…… ですが。

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