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私たちの魂は徒花に非ず  作者: hiyori
プロローグ
6/6

06 桃と椎花(中)

 二人はまた歩き出す。今度は優しく手を繋ぎながら。スーツを着た女性と、制服姿の桃、それは傍目には年の離れた姉妹のような光景だった。けれども実際は違う。()()試験委員と受験生という間柄。そこには、本人たちが肌で感じうるほどの越えがたき懸隔が横たわっていて、実際、桃が先刻まで一方的に抱いていたような親しみと興味の色は、今やだいぶ薄らぎつつあった。


 二人は無言でエレベータが来るのを待ち、無言でそれに乗った。今までいたのは七十五階で、地上に着くまでそれなりの時間があった。


「あ、あのっ、もう大丈夫です」

と桃はインジケータを見あげている椎花に言う。


「えっ?」


「…あのう、もう一人で立てると思います」

そう言って桃は、椎花と繋いだ自分の手を見つめる。


「あっ、うん、そうね、そうよね」


 椎花は振り返り、案外な顔をする。次いで、ごめんなさい、と椎花の口元がかすかに動いたかに見えたが、桃にははっきりと聞き取ることができなかった。そして繋いだ手は緩やかに解かれる。


「あの、椎花さん…そろそろ…」


 桃はやや緊張した面持ちで、自分の両手を胸の前にかかげた。その意図を汲んだ椎花は、うんと小さくうなずくと、例の手錠を取り出して、桃の両手首を腰元でつなぎとめた。


「ありがとうございます」


 ふたたび後ろ手錠になった桃が、融和的な柔らかさを保持させようとして逆に震わせた声で言う。手錠という、冷たく持ち重りする物体が、二人の間柄性を否応なしに如実にさせ、懸隔をより絶対的なものにさせていく…。


 そこで、椎花との交感の糸が決定的に途切れたと感じはじめた桃は、彼女のおかげでいったんは忘れ去ることができた面接終盤でのあの手痛い仕打ちに、ふたたび心の根が張っていくのを、危機的な意識において感じとった。

 そして、もうひとつの疑念、すなわち自分の面接だけがなぜこれほどまでに長時間に及んだのか、という、廊下を歩いているときに萌芽しかけた、より一層暗い疑念にも、心の根が及びつつあるのをじっとりとした感触とともに覚えた。そしてその疑念がひとたび頭をもたげると、もう桃の思考はとどまることなくそちらの方面へと根づいてしまったのである。


 《私だけ……? 他の人の面接はとっくに終わっていた…? だから廊下に誰もいなかったの…? 何でなんだろう…? やっぱり私がブレストだからなのかな…、私が明らかな異常者だから、他の人とは違う形式になったのかな? あの意味の解らない絵画の質問も、すべては異常者のための質問だったとしたら…。 ブレストだから…、異常者の私だけが特別扱いみたいに、何の事前通告もなく、長時間、絵画問答、ブレストだから…、異常者だから、私だけが特別扱いみたいに、何の事前通告もなく、長時間、絵画問答、ブレストだから、異常者だから……》


 とめどなく奔流する思考の流れは、規律を失った歯車のように空転し、堂々巡りの袋小路へとおちいる。ブレストとは、神津の杜特別行政区入杜試験における事前身体検査において、桃に認められたある稀な兆候のことである。


 ごうという低い唸り音とともに、エレベータのゆるやかな下降はなおつづいている。椎花は先ほどと同じように、インジケータを見あげたまま、口をつぐんで静止している。桃は彼女から斜め後ろに半歩程さがったところで、自分のローファーの先端をじっと見つめたまま、やはり口をつぐんで静止している。

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