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前編

(りょう)(ざかい)の峠を目指し、一台の馬車が数名の護衛を引き連れて走っていた。

馬車には紋などは入っていないが、その大きさや手の込んだ装飾から貴人の乗るものと見受けられる。

護衛の騎士たちは、峠の先にある辺境伯領に所属することを示す識別章を身につけていた。




「もうすぐ辺境伯様のお城が見えてきますわ、聖女様!」


「聖女様はやめてちょうだい、マリーア。」


「でも、聖女様は聖女様でございます。」


「今はただのセシリアよ。爵位も何もない、ただの…いき遅れだわ。」


「そんなこと!」


馬車には妙齢の女性が2人乗っていた。

1人はセシリアと名乗った、色の薄い銀の髪の、落ち着きのある22〜3歳くらいの女性。自己申告のとおり、昨今の風潮では独身ならいき遅れと(そし)られかねない年齢である。

かたやマリーアと呼ばれた女性は淡い金髪の巻き毛のせいか、15歳になるやならずの年頃に見える。窓に貼りつくようにして外を見ている姿も、幼さを感じさせるのかもしれない。



2人は王都から10日をかけてやってきた。他国と境を接する、この辺境の地へと。



峠を越えた先は辺境伯領ローグバルト。異なる二つの国と国境を接する地である。


一つは友好国マルグリッド。王族のみならず、貴族同士も婚姻を結んだり、留学しあったりもするし、防衛上の理由からも手を(たずさ)えあっている国だ。交易も盛んで、芸術の国と呼ばれるマルグリッドとの間では、たくさんの人や物が行き交う。


そしてもう一つ。

敵対する隣国カルヌヤルク。

マルグリッドが生活文化も言語も宗教も似通っているのに対し、彼の国とはそのことごとく、反りが合わない。長大な山岳地帯に(さえぎ)られているからであろうか。

さらには、こちら側へと度々侵略してくる。女子どもは(さら)われるし、収穫物は掠奪される。


だからこの地は重要視される。友好国との貿易の窓口の一つであり、敵対国へ(にら)みをきかせる国防の前線地だから。


そして、争いのあるところならなおさら、元聖女たるセシリアの能力は重宝されるであろう。そういった思惑込みの婚姻を結びに、彼女たちはここまではるばる旅をしてきたのだった。



セシリアはつい先頃まで、王都にある神殿で聖女の任に就いていた。

治癒術を使う神官や巫女の中でもとりわけ強い力を持つ者は聖者や聖女と呼ばれる。セシリアは15の時から聖女として日々人々を癒してきたのだった。

そして、事情により聖女を降りたセシリアは、辺境伯の後妻として下賜(かし)されることになった。


マリーアも治癒術を使う巫女だが、癒しの力はそれほどでもなく、セシリアの侍女のような役割を務めることのほうが多かった。そして、ローグバルト出身だったことも幸いし、押しかけ侍女としてセシリアに付いてきたのだ。


王都から10日の馬車の旅は、快適とはいいがたかったものの、平穏無事に過ぎた。

中間地点にあたる街までは神殿騎士と近衛騎士に守られ、そこから先はローグバルトの騎士たちに守られてここまでやってきた。途中何度か魔獣との戦闘もあったが、街の城郭を出て旅するならば当たり前のこと。逆に優秀な治癒術の使い手がいるこの一行にとっては、ちょっとした怪我なら、たちまちに治癒してしまえる。選りすぐりの騎士たちの存在も相まって、拍子抜けするほど穏やかな旅路だった。



セシリアは車窓を眺めながら、自らの()し方行く末を思う。セシリアの生まれは王都にほど近い長閑(のどか)な子爵領だった。領主だった父親と隣接する子爵家から嫁いできた母親との間に、遅く生まれた一人娘だった。女児だったこともあり、爵位は年上の従兄弟が継ぐことになった。暖かくも真っ当に育ててくれた両親もつい先年、相次いで亡くした。このまま神殿で一生を終えると思っていたのに、気がつけば辺境伯領は目前。もしかしたらもう足を踏み入れているのかもしれない。


そして、セシリアは辺境伯へ嫁ぐのだ。


ラインハルト・シュレース・アーベル。


若きローグバルト辺境伯。


といってもセシリアよりも一回り以上年上だという。亡くした前妻との間には男子が3人おり、これ以上後継ぎを望まれることはないのが気楽である。


なにより、この婚姻を結ぶ意図は、セシリアを王都から遠ざけることにある。


なにせ、いつまでも()()な元聖女が王都に居ると、現聖女様の()()()になるのだから。




聖女は本来、厳然たる能力職である。一番治癒能力の強いものがその地位に就く。セシリアも前代聖女の能力を上回ると認められて聖女の称号を譲られたのだ。


現在の聖女はエリザ・シシィ、この国の第三王女殿下である。


エリザ殿下は治癒術の使い手だが、能力は十人並みだ。しかし、聖女に憧れ、3年の修養期間をこなし、父である国王が折れた。聖女であったセシリアに意義深い婚姻を命じ、体良く神殿から追い払ったのだ。




「セシリア様、ローグバルトの街とお城が見えますよ! ほら、あちらに!」


峠を越えると、思ったよりはっきりとローグバルトの城と街並みが一望できた。山を背に建つ城のから扇状に広がる街。それから先はしばらく農地だろうか、なだらかな土地が続き、その縁はまた深い森へと続いている。


「とても美しい街ね。」


「そうなんです!ローグバルトはいいところですよ。マルグリッドとの交易も盛んで、商人の街でもありますし、輸送網が確立してますから農業も盛んなんです。余剰分が手軽に売れますから。」


「マーリアは商家の出だったわね。とても詳しいのはそのせい?」


「はい。といっても養女ですが。義理の父が商い先で、口減らしに売られそうになっていた私を引き取ってくださったんです。」


「まぁ、そうだったの。」


「父には私みたいな養子が沢山いるんです。」


「それはそれは…。立派なお父様ね。」


「ええ、尊敬してます。だから、父の様にゆくゆくは商いをして身を立てようと思っていたのですが、12の時に、治癒術の適正があるとわかって…私はそのまま、商人になりたかったのですが…。」


父から、価値のある能力を無駄にしてはいけない、と諭され、さらには箔をつけるために王都の神殿で修養を積むことになって、今に至るようだ。


「娘にも付加価値をつけようなんて、商魂たくましいというか、ただでは起きないところが商人らしいですよね。」


「でも、志半ばで帰ってきてしまったら、お父様が悲しむのではないかしら。」


「大丈夫です! 神殿で私が取れる治癒術の認可はすべて取り尽くしましたから。これで私も立派な神殿治癒術師としてやっていけます。」


「…あなたも中々商魂たくましいのね。」


それからマーリアにローグバルトの話を聞いているうちに、馬車は平地へと差し掛かり、車窓の景色も様変わりしていた。


一面に広がる農地には、収穫間近の作物がこうべを垂れている。こんなに豊かな大地はここまで(つい)ぞ見かけなかった。辺境伯領を支える一端がこの実りなのだろう。どんな形であれ、領主一族に名を連ねることになるであろうセシリアにとって、これから目にするものは余さず焼き付けておくべきものだった。




街の城門は、先触れでも出していたのか、呼び止められることもなく通過した。マーリアの話によれば、職人街、商人街を通って貴族街に入り、その最奥に領主の住む城があるという。職人街の道は狭く、建物は縦に伸びて作られている。窓の数からして三、四階建てだろう。粗末だが堅牢な作りだった。反対に商人街の道幅は広くて馬車が十分すれ違える上に、建物からは(ひさし)が伸びてその下で商売が行われている。もちろん人が買い物をしてあるく道幅も取ってあり、食べ物を売る店は椅子や卓子(テーブル)まで出してある。他にも市場やら専門店街やらと様々な商店が軒を連ねているのだとか。陽も傾きかけようかという時間帯だが、商人街はたくさんの人であふれていた。




辺境伯の城は街よりも小高い場所に建てられているようで、城壁も見上げるほどにそびえ立っている。中も相当な広さがありそうだが、有事には領民を収容できるようになっているらしい。堀を渡り、門をくぐっても、なかなか主居館へたどり着かない。敷地内だというのに池があり、川が流れている。森や畑もあるようで、常日頃から籠城への備えがされているのかもしれない。


ようやくたどり着いた先では小さな紳士が家令と思しき男性とともにセシリアを出迎えた。2人の両側にはずいぶん奥まで使用人たちが並んでいる。


「ようこそお越しくださいました、セシリア様。父と兄が不在ですので、ご容赦ください。ローグバルト辺境伯ラインハルト・シュレース・アーベルが三男フェリクスです。この地に聖女様をお迎えできたことを光栄に思います。」


蜂蜜色の金髪を肩のあたりで揃えたフェリクスは青い瞳をキラキラさせながらセシリアを見つめている。厳しく躾けられているのか、年相応の幼さは影を潜め、貴族の子弟らしい高貴ささえ伺えた。


「丁寧なお出迎えありがとうございます。これからよろしくお願い致します。それと、ご期待に添えず心苦しいばかりですが、今は一介の治癒術師です。どうぞセシリアとお呼びください。」


フェリクスのエスコートを受けながら、最初が肝心とばかりにセシリアは事実をありのままに伝える。ここから先は貴族の世界。つまらぬことでアーベル家が足元を掬われるようなことがあってはならない。例え子どもの言うことでも、セシリアを聖女とする発言を認めるわけにはいかなかった。その意図を汲んだのか、フェリクスもそれ以上この話題に触れることはなかった。


応接室に通されたセシリアはフェリクスとともに茶を供され、菓子をいただきながら他愛もない話をした。特にフェリクスは王都からの旅路について知りたがり、セシリアも請われるままに話してきかせた。


旅の話も終わる頃、フェリクスは思い悩むような素振りを見せつつも、一番気にしていたであろう話題を口にした。


「セシリア様は、僕のお母様になられるのですか?」


不安と期待に揺れるフェリクスの瞳は、子どもらしい鋭い感性でもって、セシリアの全てを見逃すまいとしている。


セシリアも道中ずっと考えていたことを、誤解のないよう言葉を選びながらフェリクスに語りきかせた。


「わたしはローグバルトへ来るためにフェリクス様のお父様の伴侶になりました。でも、フェリクス様は新しいお母様が必要ですか?」


「…わかりません。」


「そうですよね、わたしもわかりません。ですから、お互いにこれから考えていきませんか?」


「はい。」


「わたしはローグバルトのために治癒の力を使いたい。今の望みはそれだけです。」


フェリクスの揺れる瞳は幾分落ち着きを取り戻し、当初の(きらめ)きを取り戻しつつあった。セシリアの考えはフェリクスの同意を得られたらしい。大人のセシリアでさえ戸惑ったこの度の婚姻を、子どもに押し付けたくはなかったのだ。



「わかりました。僕もセシリア様のお望みを叶えるために全力を尽くします。セシリア様とお話ができてよかったです。」


「こちらこそ、フェリクス様のお力添えをいただけてとても心強いです。」


にこやかに微笑みあえたことを喜びつつ、セシリアはまだ見ぬ辺境伯のことを思う。また、フェリクスの亡くなられた母親のことも。純真で聡いフェリクスの両親は素晴らしい方々なのだろう、と。


「お疲れの所、長く引き留めてしまいました。晩餐には父も戻る予定ですので、それまではお部屋でお寛ぎください。」


フェリクスに見送られながら、家政婦長だという年かさの女性に案内され自室へと向かう。少ない荷物も片付け終わり、マーリアも中で待機していた。


セシリアに用意された部屋は主居館の左翼にあり、この度新たに改装したとのことだった。二、三、部屋について説明を受けると、家政婦長はまた晩餐の前に来ると言い置いて下がっていった。


「セシリア様、湯浴みはいかがですか?それとも、少しお休みになられますか。」


「湯浴みがしたいわ。用意をお願い。」


「かしこまりました。」


そうしてセシリアは晩餐までの時を過ごすのだった。




消費税10%記念…ではありません!


読んでいただきありがとうございます。

前後編です。

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