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1005話 定例報告にて




「化物……め……」


最後の一人が息絶えた。

万を数える軍の骸が、カスとなって大地を赤く染める。

もう何度目かの帝国による魔王および元勇者討伐遠征。

---飽くほどに。


勇者が元勇者となり、魔族として転生してから既に幾ばくかの時が流れた。

帝国の侵攻は断続的に続いたがその全てを皆殺しにするのは容易かった。

どれほど無残に殺しても、見せつけても、止まぬ侵略の軍靴。

死骸を領土に磔しても、

血肉を寿司にして送り付けても、

四肢を切り落とし箱詰めにしても、

生皮を剥がしバッグにしても、

はらわたでソーセージを作っても、

……他にも色々おぞましい脅しになることをしたが、人間は諦め悪く愚行を繰り返してくる。


蚊のようにいつの間に無数に生まれ、蟻のように群れては蠅のように鬱陶しい生き物。

卑屈で、皮肉で、理屈で、"不屈"。

人間の愚かしい行いの一つに、効果がないと知りながら同じ行いを繰り返すということがある。

理解できないのだ、愚策を。

認められないのだ、放棄を。

止まってしまうと途端に何の為に生まれ生きているか分からなくなるから。

まるで暗中模索ならぬ暗中無策。


魔界の風が靡く。


この世界の魔界は美しい。

毒の沼も血色の海もない。

空気は霊験あらたかで幽かに木々や果物の匂いが香る。


「この美しい世界!!」


「昼も夜もない白夜の世界!」


「やれるものならやってみろ。僕は……俺は……」


俺は、の続きを言いかけようとして、特に何も浮かばなくて失笑した。

言うほど、世界のことはどうでもいいのかもしれない。

脳裏には、角の生えた、怒りっぽくて、怒るとすぐ目が赤くなる少女だけが映されていた。





---




「しかし、どうにかならないか」


場面変わってここは魔王殿作戦会議室。

魔王の姿はない。

上座に座る勇者と、椅子には座らず姿勢正しく立っているアステロの二人。


「こちらからは一切手を出していないんだぜ。領土内に入った奴を叩いてるだけだ。なのに帝国さん殺っても殺ってもまた来やがる。新聞の勧誘だってこんなにしつこくないぜ」


「それだけ帝国も本気ということでしょう。各地の紛争地帯に散らばった軍も帝都に集結し、侵攻を計画している模様です」


「誰が何人来たって俺に敵うとも思えんがね……」


「そういえば勇者様にかかっていた懸賞金も先日更新されたようです。歴代最高額がまた更新されましたね」


「あっそ。いまいくら?」


「240兆です。平均的な国家予算なら十数年分ですね」


「ふん、金だけはありやがる」


「ちなみに魔王様は8億です……文字通りそれだけあなた様の存在が桁違いということでございます」


「……なぜ帝国はそれほどまでに俺を狙う?」


「さあ、分かりかねます」


「魔界領土が欲しいのは分かる。裏切り者を討伐したいのも分かる。だが限度ってものがあるだろう。ここまで力の差がある俺を相手に食い下がる程あいつは間抜けではないはずだ」


勇者は眼窩に、かつて玉座を前に跪き見上げたあの美しいシルエットを思い出した。この世の慈愛と冷血を全て凝縮した笑みを浮かべる混沌の王、英雄王、精霊王、聖剣王。あの長い髪の、濡れたシルクでできた針のような黒金色。---美しい女を。


「しかもこっちからの侵攻はしていないし、するつもりもないんだ、そう書簡で伝えてもある。このまま不可侵でいいと、そう合理的には思わないものかね」


「そうですねぇ……」


やや湿度を込めて、アステロが唇を動かした。


「例えば勇者様の首そのものが目的のケース」


「ふむ……」


神妙な顔つきを演じたがその実よく理解はしていなかった。


「まぁ男女の関係に口を挟むこともしませんが」


「まてまて、俺とあいつはそんな関係じゃない。歳だってだいぶ離れてるし」


素っ頓狂な声にふふっと上品にでも笑いたかったが、失礼を察してなんとか無表情を続けた。


「では……もしかすると」


「もしかすると?」


「本気で勇者様を倒せる算段があるのかも知れませんね」


「……安くみられたものだな」


「それが、あながち可能性が0という訳ではないかもしれません」


妙な含みのある言い方だった。

アステロは続けた。


「本日未明、次代"勇者"の継承を確認しました。精霊と女神の洗礼も受けています」


「そんなの今までいくらでも葬り去ってきただろう。大した脅威には思えんが」


「それが、今までとひとつだけ違う点がございます」


「というと」


「はい……その次代勇者、名を"ハセガワ=ヨツバ"と申します」


懐かしく思えるその"響き"が ---人間の名前を上手く発音できない魔族の舌から、ゆっくりと舌ったらず気味に報告された。響き、そう、響きだ。その響きには覚えがあった。郷愁の香りがした。


「長谷川……四葉…」


「はい。あなた様と同じく、"異世界"より来た勇者にございます」





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