1003話 目には目を、ハニーは魔王
夜も朝もない魔界は常に薄暗く、白夜である。
夜の漆黒と青紫、朝焼けのカシス、その中間には今にも消えそうな移ろいのイエロー。繊細なバーテンダーの作ったカクテルのようなグラデーションを映していた。
夜行性の獣が寝静まる頃とクロスフェードして鳥が鳴きだす。
不眠症患者がそれを朝の合図とするように、魔界の一日は宵闇のローブを脱がす。
「おはよう魔王」
「あ」
「着替え中!」
「出てけ!」
「俺の股間がギガデイン!(?) 無理です大佐! 勇者、今、抱きます!」
「爆砕魔法!!」
寝室が吹き飛んだ。
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「朝っぱらから貴様は」
「この不夜城に朝も夜もないさ、あるのは二人の永遠の時間だけさ」
「意味がわからない」
「そんなことより魔王はいつになったら心を開いてくれるのかな……」
「失せろ!ニフラム!」
二フラムとは対象を闇の中に消し去る究極即死魔法の一つで、この世界に来る前の現実世界で発売されていたゲームにも同一名の呪文があるが、これは偶然である。光属性の人間・妖精・精霊及び英霊には特効。
「躊躇なしに撃つとは酷いよ魔王……」
「ちっ!」
「でもそれレベルが下の相手にしか効かないから」
それは現実世界のゲームの話だが、魔族に転生した勇者に効果が薄いのも事実。
「……ふん。まだ傷も完治してないのに、さっきの爆砕魔法のせいで火傷してしまったわ」
「ならこのバブルスライムから抽出したローションを使って…」
「(そんなものあったのか)」
「全身に塗り塗り」
「するか!」
ポカっと殴ろうとしたところで魔王は全身の力が抜けてそのまま倒れ込んだ。
あれ? と思った頃に勇者に支えられそのままベッドに寝かされた。
「爆砕魔法に究極即死魔法なんて大技、朝から魔力の使い過ぎだね」
「こ……このぉ…」
「さーて」
と笑う顔を見て、魔王は戦慄した。
「全身に塗り塗り、しましょうね」
「おのれぇ……」
抵抗虚しく全身をローションで撫でまわされた魔王であった。
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「(僕は幸せだ)」
「(もう帝国も世界もどうでもいい。魔界だって)」
「(魔王だけいればいい)」
コンコン、と扉が鳴る。
「勇者様…」
「……ふん」
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「勇者、否、逆賊元勇者、私はあなたを殺す」
「・・・・・」
「兄の仇、討たせていただきます」
「・・・・・」
「何か言ったらどうなの!」
「ふぁ~あ」
「……!!」
職業格闘家の少女のこめかみから血管がビキビキと音を立てて隆起する。
「あーお前格闘王グングニルの妹か。それはそれは、遠路はるばるご苦労だった」
「なめた口を!」
「たかだかレベル20そこそこの小娘がいきがったところでなあ……なあ?」
「ふん、この軍勢を見てもまだそんな口がきけるとはな!」
「おー、よく見りゃこりゃまた大所帯で」
「聖女拳闘師団、総勢2万!我らここに集結せし!逆賊・勇者を討たんが為に!」
「パチパチパチ」
「どこまでも貴様!!!」
「おまえ、処女か?」
「!?」
「処女かと訊いている」
「ふざけるな!」
「そうか処女か」
「くっ、気がふれている」
「みなさん、おあつまりくださーい」
おどけた道化を演じて声を張り上げると、地上から何かが蠢いた。
「こっ、これは!?」
「はーいトロールの皆さん、こっちですよ」
わざわざバスガイドの姿に変身して、バスガイド風に旗を振って言う。
「こ…これは…」
あまりの事態に、否、あまりの数に……その地平線まで埋め尽くさんとする黒いおぞましい影に、まだ名も明かす前の少女は同じセリフを繰り返した。
「ここにお集まりの皆さんはなんと3ヶ月の間禁欲させられた凶暴なトロールさんたち、総勢5万名でございます。もともと性欲盛んな彼らですが、長い禁欲に我を忘れんばかりに興奮状態に陥り、股間はちきれんばかりのようですね」
「ゆうううしゃああああ!!!」
「まあ見当はついているでしょうが」
「貴様だけは!貴様だけは!死んでも!」
「こんばんはおたのしみですね。処女喪失がトロールとは辛いだろうけど頑張ってください。痛いのは最初だけではありません、多分死ぬまで痛いです」
トロールたちが「うおおおお」と、長く、地平まで轟く鬨を上げた。
GAME OVER
1週間後、地下室。
「殺すなよ、精神的には死んでるけど。臭い、ほんと臭いなぁ。魔王とは比べ物にならないや。しかし一週間ぶっ通しとはまいったね」
「ゆ・・・う・・・・し・・・・・・・」
「こいつは殺せ。四肢を切り落とし箱に詰めて親の家に郵送しろ。速達着払いでな」
「・・・・・・・・・・・・」
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「あはは~まおう~」
「ええいベタベタするな!」
「魔王はいい匂いがするね」
「ええい匂いを嗅ぐな!」




