1002話 かつての仲間たち
「おはよう、魔王」
「なんで一緒に寝てる」
「朝食を運んだら君がまだ寝てて、寝顔が可愛かったので眺めてたの」
「爆発魔法!」
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「む……今日は調子がいい」
「さすがに傷の治りが早いんだな。人間だったら3回死んでもおつりがくるダメージだったのに」
「斬った本人が言うな」
「聖剣の追加効果で魔力も消滅してたしね」
「ほんと死にかけてたよね? わたし」
「さ、一日のはじまりのキスを」
「誤魔化すな! キスもしない!」
ポカッと叩かれる。
そんな朝の小さな幸せを鈍いノックの音が終わりを告げる。
「失礼します」
返事を待たずメイド姿の魔貴族アステロが部屋に入った。
「(ええい)」
勇者は露骨に不機嫌を露わにする。
察してか、魔王が先んじて応じた。
「何事だ」
「はっ、敵でございます」
「連日の来客とは敵も飽きん奴じゃ」
「魔王、ここは僕が行こう。君はまだ休んでいろ」
「わかった」
「敵は何人ほどだ」
「はっ、勇者様……それが、たったの二人でして…」
「なめられたものだ……」
勇者の"気"の色が変わった。
瞬間、魔王殿中の生物が本能的に死の恐怖を錯覚した。
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「懐かしい顔ぶれだな」
魔王殿城門から侵入者を見下ろす勇者の影。
いつもの優しさや愛は欠片ほども残さず失い、興味のない玩具を見つめる赤子のように虚ろな目。その気だるさはさながら遊郭の女郎を思わせた。
「信じたくなかったけど本当にあなたなのね」
「俺は貴様をゆるさねえ」
僧侶の女と戦士の男。
かつてギルドの魔族討伐の依頼を受けた勇者がパーティを組んだ仲間だった。
明るく前向きな性格の僧侶サーシャ。
直情型ですぐ怒るけど頼れる兄貴分の戦士ガーラント。
死線をくぐり抜けた、仲間だった。
「前置きは省略してくれないか。俺は今は少し……機嫌が悪い」
「この禍々しいオーラ……邪悪……これが本当に聖勇者さまなの……?」
「出でよ……魔剣……」
この世の"禍々しさ"の全てを象ったような、おぞましい形状の剣が空間から現れる。
「格闘王を切ったのもその剣というわけか……外道め」
「ふん、勘違いするな。あの低俗は俺が手を下すまでもなく死んだわ」
「あなたという人は!」
「どこまでも落ちやがって!」
「もう限界よ、行くわよ戦士!」
「うおおおぉぉぉ!!!」
「そいつ、格闘王と浮気してたぜ」
「!?」
「!?」
「あ、ごめん言っちゃった」
「な、なんのことだよ…そんなわけねーだろ」
「う、嘘よ…でまかせよ!ねえ戦士、信じちゃだめよ」
「ああ……」
「私はあなた一筋だから、だから、ね?心配しないで、ね?」
「なーんも知らないんだな、お前」
「何が…だ…」
「そいつ、妊娠してんだろ?」
「やめて!!!」
「ば、ばかな・・・」
「なあ、おい、嘘だろ…? お前はずっと遠征でウェストランドにいて、帰省したのが1ヶ月前で…え?」
「ウェストランドっつったら格闘王の実家だろうがよ」
「……え?」
「やめて……もうやめて……お願い」
「……」
「嘘よ…全部嘘よ」
「なあ、嘘だろ?あんなに愛してたじゃないか…愛し合ってたじゃないか、なんであんなやつと?」
「私は何もしてない!私は何もしてない!」
「ま~、うん。半分正しいよ」
「お前は黙ってろ!」
「迫ってきたのは格闘王の方だったもんね。あっさり受け入れちゃったのは、あれかな?戦士君に飽きてたのか、不満が溜まってたのかな」
「やめて!」
「随分と愚痴をこぼしてたみたいだね。え~と、何だっけ。『ガーラントったら…魔法を使う苦労を分かってくれないの』だっけ」
「格闘王は優しかったね。不器用だけど人一倍人に優しかった。うんうん、すばらしい人間だ。でも彼の手が肩にかかったとき、最期に身を委ねたのは…」
「やめろ…やめてくれ…聞きたくない…」
「う・・・うぅ・・・」
「ふん、この程度で戦意喪失か。興が冷めた」
「撃てえ!!!」
「キキー!」
ズドドドドドーン
「ぐぺぺっ」
「げぺっく」
GAME OVER
「馬鹿め!浅ましい!格闘王が変身した俺の部下とも知らずに!」
「…ふん、今日は笑う気にもなれない。早く魔王に会いに行こう」
「者共!こいつらは寿司にして箱詰めして皇帝に送り届けろ!血肉は指先ひとつ残さずだ!」
「キキッ!」
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「お帰り、相変わらずかすり傷ひとつないな」
「……ただいま」
「元気ないな」
「今日は流石に少し疲れたよ」
「無理もあるまい……かつての戦友だったのだろう」
「少し…寝たい。君と」
「わかった、いいぞ、来い」
「(あぁ魔王。魔王、魔王、魔王)」
「安らかに眠れ」
「手を…握ってくれ」
「なんなりと、勇者様」