おつかいクエスト受注
「ニアついてこないで!これはわたし一匹のお仕事です」
「そ、そんな…なぜですか?」
「おつかい行ってこなきゃなの!ニア教会の聖女様と相性悪すぎるしちょっとお休みしててよー」
「あの女かァ〜 じゃあ寝ながら待ってますからね」
「もうオフになってる!」
ー
墓碑教会は古代から連綿と続く陽教の聖堂で、特筆すべきは入り口のステンドグラスだろう。魔術的技術を用いられ掘り込まれた絢爛なガラスには流線型に金が流し込まれており、麗しい聖母の輝きをわかりやすく表現している。幼い頃はつまらない礼拝より、ガラス面の絵物語を見る方が好きだった。
聖女は礼拝室にいる。しかしそもそも彼女をわざわざ探す必要はない。一目でよくわかるからだ。
「あらあマデリンちゃん…どうちたのかな?今日はお姉さんと遊びたいんでちゅかあ〜?」
光。
金。黄金・閃光。まばゆい女の形から蛍が舞う。発光源は赤ちゃんを捕捉した乳母のような甘い声でマデリンを呼ぶ。反骨の火が灯るマデリンは閃光をものともせず膨れっ面でかがやきを睨みつけた。
「いやもう17だし。お使いに来ただけなのですが…」
「あらァ じゃあ特殊配合神聖飲料届けに来てくれたのかなーえらいえらいッ なでなでしてあげまちょうね〜」
「めちゃくちゃ舐めてるな」
彼女は聖女ムーンチャイルド・クリムゾン。人間族でありながらも精霊の寵愛を一身に賜るこの女は途方もない時代を生き、同い年ほどのこの教会に常に座している。人々の希望を照らすそれは文字通り光であり、数多の精霊に纏わりつかれている女の体は常に輝きを失わず、その光に覆われた素顔を知るものは誰もいない。
「あんまりアルコールの奴隷になっちゃダメだよ」
「美酒は神の血一滴、泡は神の吐息である。聖典もそう言ってるのよ〜一日くらいいいじゃない」
「ニアが酒飲みすぎて破裂した人の話してたもん」
「あの女自分の生徒にまあまあウソついてるのね〜」
「よいこのマデリンちゃんは最近は何かお勉強こなしてる?お姉さんに善なる行いを教えて〜」
「最近は死霊術の練習したよ」
「ヒヤー怖い!」
「別に長命だし怖くなくない?」
「いや全然死は怖いよ〜」
「死なないのに死が怖いのは大変じゃない?」
「苦しいよ〜」
クリムゾンは酒を流し込むように瓶一本をあっさり飲み干した。無尽蔵の魔力を精霊たちに明け渡し続けるが故の苦しみだ。マデリンに取って最大の恐怖である永遠の空腹と渇望をこの女は数千年をも御してきているのだ。
ただしいつだって平気なわけではないだろう。少しふらりと足踏みを乱れさせる女の腿をマデリンはさりげなく支える。
「ありがとう、あなた将来モテモテね」
「姉譲りなんですよ」
「お姉ちゃんの悪名は耳に届いているわン」
「悪名って言うな!」
「っていうか体調悪いのにお仕事して大丈夫なワケ?手伝いますよ 労働への抵抗は…」
「大丈夫よお私が一番偉い人だからセルフで休めるしセルフで休憩しちゃうもの。でもちょっと今日は好意に甘えちゃおうかな〜ン」
クリムゾンはヘロヘロのまま下ろし麗しの休憩ベッドに転がり込む。体調不良者御用達の品物にマデリンを呼んだ。いつもの如く掃除をしてもらいたいのだろう。
「ヒイヤ〜……」
クリムゾンのしょうもない嬌声を無視し、眩しすぎる体に目を細めつつ、マデリンは丁寧に丁寧に輝かんばかりの毛髪をブラシで梳いていく。
歩合なのでとにかく腕を動かさなければならない。輝く女は悲しいかな、よく見えないので自分の身体の手入れがいつもうまくいかなかった。
「今世紀ではマデリンちゃんが一番上手いかもしれないなあ」
「規模デカくない?」
「いつもありがとうねえ」
「人に親切にした方が後でいい思いできるんですよ」
「私も親切には報いなければね。少し手を出して」
ネクタルで清められたクリムゾンの舌を精霊が借りる。古代語に興味のないマデリンにはそれが何を意味しているのかは分からなかったが、心地よい祝詞とともに髪を撫で返されると弱かった。
「あ」
「何!?」
「間違えた。これ奇縁の祝福だわ」
「何それ!?」
「えっとえっと…汝よ心せよ、以降の人々皆妙なるぞ、奇妙な絆を築くがよい…」
「とんでもないことしてくれたな」
「間違えるなんて今までなかったのに…ううごめんなさい、マデリンちゃんごめんなさい〜…」
「やっぱり体調悪い時は仕事するもんじゃないよ!」