お嬢様と死霊術師と小動物
まずはちょっとした座学の話からするんだけどォ、死霊術ってのはまあ文字通り死者と交信し依代にその魂を降ろしたりするタイプでさ。ある種憑依の魔術の事を言うんだよね。
蘇生とは違って死者そのものは甦らない。肉体は本人である必要はないけど、その分馴染まないからほとんどが時限性だったりする。
フーッと出してフーッと降ろすのよ。属性魔術としては雷に近いかなァ?
_____マジ!わたしヘアアレンジの時頭に電流流したことあるから雷は得意だよ
なんでそんなことしたの?
_____駆けつけたニアも失神しちゃって大変だったねアレは
ほら〜そう言う話するからニアさん泡吹いちゃったじゃん。相当トラウマもんだったみたいよォ。謝りなさい!
_____ごめんなさい…
_____謝罪ができるのは立派な大人の第一歩!私感激で泡と涙が止まりません…
復帰が早いねェ〜
まあいいや…じゃあ手始めに小動物の魂を呼び出してみようねェ。イッカクウサギさんとスライムさんどっちがいい?
_____スライムって小動物なの?
だって弱そうでしょ。
_____そういえば貴方以前お嬢様のこと小動物と…
今は中動物くらいかな。マデリンちゃんは
_____喧嘩するぞ!
_____中動物はあまり可愛くないのでやはり小動物が…
_____屈するなニア!
「しょうがないな〜拗ねちゃってさ。しょうがないから動物じゃなくてご先祖さま呼ぼっかァ」
店の裏庭には魔法陣が敷かれている。
怠惰なジーナは魔法陣を書いては消し書いては消す動作を蛇蝎の如く嫌っており、従来の魔法陣の雛形となりうる形はそのままに置いている。
所謂それは点睛なき画竜の瞳であり、カッコ悪く言うと小手先手抜きの集大成である。
マデリンはジーナの指示に従い、色砂で陣に紋様を書き加える。砂は死者の形の依代になる。優れた死霊術師は他にも様々な素材を台に使うらしい。
魔の力は文字と言葉に宿るのだそうだ。しかし魔法陣として完成したそれはどちらかというと古の壁画に似ている、とマデリンは思う。
「生命の歴史における最初の”対話”は絵なんだよ。肝心なのは引いた線に意図を含ませることで言葉、文字は後の付随にすぎないワケ。ガッコの教え方が悪いよね」
「超絶イケてる紋様じゃんね これはもう歴史に残っちゃうかな」
「終わったら魔法陣リサイクルしなきゃだから消すよ」
「鬼?」
「模様メモっときな」
「了解!」
己の陣そっちのけで教え子を勉強風景を魔道写真機で爆撮りしているニアはともかくとして、マデリンの弾いた魔法陣はそう悪くはないものだったらしい。
基本系としちゃいいかんじだよねェとジーナは零し、魔術は次の段階へと足を踏み入れる。
「んじゃここに魔力込めてみて」
「いきなり!?」
「ご先祖様のお顔を思い浮かべながらさァ」
「ばーさまじーさま以前の顔知らないんだよな〜」
「どうせ全員骨だから骨を想像しな」
「それ先に言ってよ〜」
マデリンは聞き分け良くスピーディに知らない先祖の顔を思い起こしていた。実家の屋敷のとくに古ぼけた蔵書保管庫の____真ん中の柱あたりに貼られている年代物の絵画。どうやら幼少期の母がウキウキで描いた先祖の想像図が未だに額縁に飾られているものだったらしく、気恥ずかしさでそこを通る時だけ母がメチャクチャ早足になっていた代物である。フニャッフニャのクレヨンで引かれた、子供の描いたものとしか言えないその姿が_____
「うわ…え?何?」
そのままのデザインで魔力を骨、筋、内臓____体を構築する繊維に変えていく。
子供の落書きの眼球が瞼を上げ、ほのかに光る魔法陣を一体の変なペラペラのクレヨン製ボディが覆い隠した。
「知らん知らん知らん…こんなネクロマンシー知らないよ、違う才能?」
「褒めてるのか引いてるのか」
「あらッ懐かしい、奥様のご先祖様想像図ですわね」
「想像図…」
ジーナはこの異形が“再現”であることにホッと息を吐く。死霊魔術は想起の魔術である。なのでこれが一から描き起こされた存在であってはならないのだ。
「おはようございます!今日も一日頑張っていきましょう!」
雑に引かれた口っぽい線が歪む。聞き取りやすい低い声は高らかに挨拶を告げた。
「ええ…マデリンちゃんのご先祖爽やかすぎィ」
「多少引くな!」
「麗しいお人柄…姿形はどうであれやはり彼はお嬢様の先祖様なのでしょう ニア感激です!」
「へへん!サイン貰っちゃえば〜?わたしが呼び出してるうちがチャンスでしょ」
「ではこのスカートのここ部分に…」
「住所も書いといた方がいいですかね」
「わあ、先祖も結構変な人だねェ」
「”も“とはなんだ”も“とは!」
今回はネクロマンス行為自体が目的だったので、先祖はクレヨン製の指ではしゃぐアラクネに平然と署名をしたあとスラリと砂に還る。
「ちゃんと約束しないと還ってくれないからねェ ちゃんと覚えといてよ」
マデリンはひとしきり己が才能に酔いしれた後、まだちょっと魔力をこめるのに躊躇っているニアの方の魔方陣を覗き込んだ。
「メチャおしゃれじゃん。この紋様もメモっとこうね」
「絵画のお勉強に役立つといいのですけれどね」
「ニアは節足で筆持てるから勝てないよ」
「モノづくりは勝ち負けではないし作品の出来は腕の数とは比例しません!かく言う私も左二番目の右脚が不器用で不器用で」
「利き節足があるんだ…」
「1番得意な部分で紋引きなよォ みんな応援しているよ」
「こういうのは勢いで行こう!勢いで!」
名家の淑女予備軍とは思えない言動でハッパを掛けるマデリンのどこに琴線を感じたはわからないが、ニアは頷き、恐る恐る線を引く。計画的な行動を美徳とするニアは何より勢い任せに慣れていなかった。奇妙なラインが円の中を走り回る。
光。先ほどとはまたサイズ感の違う蠢きが我々の目の前で形作られ、明確な認識を得ていく。
黒く艶かしく輝く複眼を目にし、三人は興奮を隠さない声を上げた。
「蜘蛛だ」
「蜘蛛だなァ」
「ちっちゃくてかわい〜」
そうこうしてる間に黄泉から蘇った蜘蛛は走り出し、街に消えていった。これからこの都市では冥府からの外来種が夜の闇に暗躍することになる。