ガヴァネス お嬢様と戦う
ガヴァネス___今日では中々見ることない、上流階級に雇われる女性の家庭教師。
学に富み文化に触れ、幼い少女達に様々な教育を施し、大人になっていくまで見守ります。
しかし私達がそんな彼女達の姿を見ることができるのは、今や美術館の絵画ぐらいしかないんじゃないでしょうか。
loveです。
「お嬢様。お行儀が悪う御座います。肘を机に乗せてはいけません」
六本揃いの鋭い脚が一本、コツコツと床を叩く。
あいも変わらず真横に佇む家庭教師に、少女はぶくすれた顔を向けた。
「良いじゃん別に!お父様もお母様もおしごと出かけてるしさ。ここにはあたしとニアしかいないのにマナーもクソもあるもんか」
「クソなどと…お嬢様、全くあなたは…どこでそんな言葉を覚えてきたんですの」
ひねくれた少女_____マデリンの呟きに女は眉を釣り上げ怒りの表情を浮かべるが、人とは思えないその美貌(実際本当に人間ではないのだが)が崩れることはない。
何も知らない人間にとって彼女は失神しかねないほどの艶やかさを持っているが、生憎マデリンは生まれた頃から一緒にいるのだ。
言葉の裏に潜む家庭教師の子供っぽさと強情さは嫌という程知っている。簡単には屈しない。
「巷の娯楽小説だよ。ニアがくれたんじゃない」
忘れちゃったの?なんてクスクス笑うと、思い出したかのようにニアは小さく声を上げた。
____しまった、もう少しちゃんとした言葉遣いの作品にするべきだったわ…!私とした事が!
あまりのショックに崩れ落ち、下半身の節足が凄まじい勢いで轟く。
勝利の余韻に浸る暇もなく、マデリンはかなりビビった。
彼女____|ニアは元々、人との暮らしとは無縁の森に住む蜘蛛の女怪だった。
密猟で傷を負い、力尽き倒れ死に行くだけとなっていたニアを救ったのが偶然森に鹿をうちに来ていた領主夫妻、つまりはマデリンの両親だったのだ。
治療を受け、なし崩し的に領主夫妻に仕えることになったニアは、それはそれは努力をした。
テーブルマナー、言葉遣い、スポーツ、文字の読み書き、ちょっとの暴力____
主人への報いで、無知な女郎蜘蛛だったニアは完璧超人と化したのだ。
そんなニアにとって、夫妻の子の一人であるマデリンは宝だった。
だから初めて彼女の教育係としての命を受けた時、天にも上る気持ちだった。それが今や…
「…いいえ、まだよ、まだ私は負けていない」
闘志の光。ニアの心の蜘蛛糸に火が灯る。
「お嬢様、その本…私があげた本では御座いませんね」
「ふふん、何言ったって無駄だよ、これ以上は何も…」
「カバー裏が見えていますわ。」
「…あ」
「私が購入した本はセガール文庫、裏の印刷はそのような柄では無かったはず」
「うぐっ」
「お嬢様がナイショで買った本に私が買った本のカバーを被せたんでしょう。私には御見通しですのよッ」
「うぐぐぐッ」
必殺の一撃!マデリンは天から地へ叩き落とされた。
「…だって、あの本説教臭かったんだもん…今のニアみたいに」
「ウグッ」