第31話 不思議なランタン
「いゃっほぉぅーーーーーーーーー‼」
流れるような軌跡を描き、エリナの跨がる飛竜が翔け抜けていく。
「のわわ、エリナ待ってよーーーっ!」
飛竜はあっという間に小さい点になった。
「むむ、負けてられない!」
えっと、確かスピードを出す時は……。
私はWyverのお兄さんから教わった通りに、手綱をしっかり握り、飛竜の首を二回トントンと両手で挟むように叩いて合図した。
『グワァーッ!』
飛竜が任せろと言わんばかりに吠え、エリナを追って急発進する。
「のわっ! す、すごい……スピード‼」
身体全体に物凄い風圧を感じ、一瞬振り落とされそうになった。
危ない危ない、私はジョッキーのように身を低く構える。
――凄い、まるで飛竜と一体になったような感覚。
自由に空を飛ぶって、なんて素晴らしいのだっ!
私の飛竜がエリナに追いつき、横並びになった。
風を浴びるエリナの髪がきらきらと輝き、颯爽と飛竜を駆る姿に思わず目を奪われそうになる。
そうだ、今度は二人乗り用の大型飛竜をレンタルして、副部長に写真を撮ってもらおっと。
エリナが私に向かって大きく声を上げた。
「あかりーっ! そろそろ着くよ!」
「うん! わかったー!」
私は手を大きく回して了解の合図を出す。
同時にエリナの飛竜が右側に傾き、旋回しながら高度を下げていく。
私も飛竜の手綱を右に引いて後に続いた。
眼下には広大な原初の森が広がっている。
小さい頃に公民館で見せてもらった、アマゾン川の航空写真を思い出した。
「どぅどーぅ」
『グワッ!』
無事、目的地のメジッハ遺跡に飛竜が降り立つと、エリナが駆け寄ってくる。
「おつかれー、すっごい楽しかったよねぇー!」
興奮冷めやらぬといった様子でエリナが言った。
「うん、これは楽しすぎるかも……」
目が変な感じだ。風を直で浴びたから涙が凄い。いずれはゴーグルも買わないと。
あぁ~、一気に飛竜でバーキュベー渓谷まで飛んでみたいなぁ。
「でも、ホント便利よねー。あ、そうだ、帰りに配竜リクエストしてみようよ」
「うん」
私は「よっ」と地面に降りて、飛竜の背中を三回叩いた。
「ありがと!」
『グワワッ!』
大きな翼を広げ、飛竜が空に飛び立つ。
私とエリナは見えなくなるまで、大きく手を振って見送った。
飛竜は背中を三回叩くと、勝手に帰っていく――。
帰りも使いたい場合、フレンド登録をしていれば端末からWyverに配竜リクエストができる。これはWyver独自のサービスらしい。
既に私とエリナはWyverでフレンド登録を済ませている。
ふふふ、私達にぬかりは無い。
私は胸元に入れていたポリスを外に出した。
「ポリス大丈夫だった?」
カタカタと飛び跳ねるポリス。
「さ、今日はガンガン倒して一気にレベル上げるわよー!」
「おーっ!」
頼もしいエリナの言葉に、私もテンションが上がる。
目指すはキャンプ! 頑張るぞ~!
「あれ、そういやルイスは?」
「そういえば見ないわね……」
私達はキョロキョロと辺りを探す。
『何やってんの? 僕はここだぞ、シシシ……』
自分の頭の上から声が聞こえた。
「む……、いつの間に」
「あんたいつも突然ね」
『そりゃそうさ、なんたって僕は夜猫だからね』
誇らしげに尻尾を揺らすルイス。
「あんま良くわかんないけど……。ま、行こうよ。時間もったいないし」
「そ、そうだね」
ふてくされるルイスを宥めつつ、私達はメジッハ遺跡に入った。
前回は部長と副部長がいたけど、今回は私とエリナ、そしてルイスとポリス。
正直、ルイス達は戦力外として考えなきゃ……。
この遺跡を選んだのは、比較的低レベルモンスターが多く、つい先日一掃したばかりなので、強力なモンスターがいないのではないかという安易な考えに基づいている。
「それにしても、蒸し暑いわね……。こんなに暑かったっけ?」
エリナが装備している制服の胸元にパタパタと空気を入れる。
「いや、これはちょっと……」
私の額や首筋にも、うっすらと汗がにじんできた。
大袈裟ではなく温室に入ったような湿度で、以前来た時と全然違う。
もしかして、何か時期的なものもあるのだろうか。
そんな事を考えながら奥へ進み、以前ポリスを調伏した円形状の大広間へ着く。
私とエリナは、来た道を背にモンスターを待ち構えることにした。
あまり中央に出てしまうと、囲まれてしまう恐れがあるからだ。
うん、退路は確保しておかねば。
「来るかな?」
「たぶん……」
目の前にある四つの入り口をじっと見つめる。
そうしている間にも、暑さは容赦なく増していった。
私とエリナは流れ落ちる汗を拭う。
「なんか、この暑さ……、おかしくない?」
「やっぱ……変だよね?」
ゴゥ……ゴ~ォォ!
「何の音?」
「風の音かな……」
そう答えてみたものの、全く風は吹いていない。
それに……、駄目だ。どんどん暑さが……⁉
「あちちち……」
「ちょっと、これ不味いよ」
暴力的な暑さに、たまらず私とエリナは上着を脱いだ。
「ひ~」
「なんなの? 一体……」
その時、目の前の入り口から紫色の炎が噴き出す。
「えっ⁉」
「ちょ⁉」
一気に噴き出した炎は、天井を舐めるように広がって散り広がり、耳の奥にゴォッという炎の音の余韻が残る。
「な、何が……」
しーんとなった入り口から、おっきな魔女帽子を被ったカボチャがぬっと現れた。
「あ、あれは……」
『ジャック・オー・ランタンだね』
突然頭の上から聞こえたルイスの声にビクッとなる。
「つ、強そうだけど……」
「あいつのせいでこんなに暑いのね……」
チッと舌を鳴らし、エリナが恨めしそうにジャックを睨んだ。
「ちょ、エリナ……」
「大丈夫だって、ああいうタイプは氷に弱いって相場が決まってんじゃん!」
言うと同時にジャックに向かって駆け出すと、エリナは無詠唱で『フリーズ・レイン』を放った。
――ガガガガガガ……!
エリナを中心に氷の矢雨が降り注ぐ。
氷の矢が床に当たって砕け散り、ダイヤモンドダストのようにキラキラと氷の粒が舞い上がった。
「す、涼しい……」
ひんやりと冷気が漂ってくる。うわ~生き返るわ~。
おっと、そんな場合じゃない! ジャックは⁉
エリナの少し向こうで、ジャック・オー・ランタンが氷に包まれて固まっていた。
うーん、こうして見ると意外に小さいのね、副部長くらいかな?
どっちにしろ、硬直付加が付いているうちにやっつけた方がいいよね。
「エリナー、今のうちにとどめを……」
と、私が声を掛けエリナが振り返った瞬間ーー、ジャックの硬直が解けた。
「――⁉」
『オマエ、許さナイ! オマエ、丸焦げにスル!』
ジャックがエリナに向かってランタンを翳す。
ランタンから凶悪な紫炎が噴き出し、エリナを襲った。
「駄目ーーーーーーーーーーーっ‼」
――超高圧縮魔弾!
私が叫んだ瞬間、ストロボのような閃光と衝撃が走った。
炎が消え、カボチャの顔が粉々に砕け散り、ガシャンと音を立ててランタンが石床に落ちた。
「……え?」
エリナがくるっと振り返って、「ね、ね、いまの見てくれた?」と目を大きく開く。
「み、見たよ⁉ 見たけれども……、凄すぎじゃない?」
とんでもない威力。
あれは多分、この前覚えた魔法だろう。
まるで砲撃なんだけど……。
「へへ、初撃ちだったけど、なかなかの威力ね」
「う、うん、さすエリだよ……」
ふと見ると、ポリスが砕け散ったカボチャを咥えて遊んでいた。
なんか不思議な光景……。
「レベル上がったんじゃない? あいつ結構強い方でしょ」
「あ、ちょっと見てみる」
私はステタコと唱えて、ステータスを確認した。
表示された数字を見て、私は思わず大声を上げる。
「のわわわわーーっ! あがってるーっ!」
「ほんと? やったね!」
私のレベルは5から一気に8まで上昇ぉ!
これでキャンプができるじゃないかーっ‼
「エリナ、キャンプできるよっ!」
「よ~し、じゃあ、帰って場所決めだね?」
「うん! あ、ポリスも上がってるかな?」
私はポリスのステータスも確認してみた。
レベル:12
種別:骨子犬
属性:闇
名前:ポリス
HP:60/60
MP: ー
攻撃力:14
防御力:9
知力:2
体力:3
敏捷:18
幸運:2
パッシブスキル:
噛み付き……攻撃を受けると反撃
持ってこい……アイテムなどを回収する
「ポ、ポリスのスキルが増えてる……!」
「へー、どんなの?」
「えっと、『持ってこい』だって。なんかアイテムを回収するみたい……」
エリナがふーんと頷く。
「そういえば、前に魔石も見つけてたよね? やっぱ犬っぽい特技が増えていくのかな」
「どうなんだろう……、でもレベルの上がりが早くて助かる」
そんなことを言っていると、ポリスがガラガラとランタンを咥えて引きずって来た。
「これ……」
「あいつのランタンだね。使えるのかな?」
エリナが古びたランタンを足でつつく。
『シシシ……、やっと僕の出番かな』
ルイスが私とエリナの間にぽんっと現れた。
「何? 急にどうしたの?」
『どうしてもっていうなら、それの事を教えてあげてもいいよ』
ルイスは尻尾でランタンを指した。
「……何よ、勿体ぶっちゃって」
「まあまあ……」
むぅっと頬を膨らませるエリナを私は宥め、
「ちょっと、知ってるなら教えてくれてもいいじゃない」とルイスに言った。
『んー、どーしよっかなー』
くるくると宙を回転するルイスにエリナが、
「もういいわよ? 副部長に聞くし」と横を向く。
「ちょっと、エリナ、かわいそうじゃん……」
私が小声で言うと、エリナが意味ありげに片目を閉じた。
あ、なるほど……。
しばらくするとエリナの思惑通り、しびれを切らしたルイスが、チラチラとこっちを見始めた。
『ま、まあ、ちょっとくらいなら教えてやってもいいかな……』
エリナはニヤッと笑い、
「ったく、ホントは言いたいんでしょ? 早く言いなさいよ、ほらほら」と急かす。
『う~、こんなはずじゃ……』と、ルイスは唸りながら、諦めたようにため息を吐き、ランタンの説明を始めた。
『……いいかい、それは『ジャックのランタン』っていう道具で、中に不思議な石炭が入っているんだ』
「石炭?」
『そう、石炭。大きさは個体差があるんだけど、小さくても十分明かりが点くんだ』
「ふーん、でも全然不思議じゃなくない?」と、エリナが首を傾げた。
『まあ、そんな急がないで。そもそもジャック・オー・ランタンってのは、遺跡や洞窟にいる地縛霊が、高位悪魔の使い残した石炭と同化して生まれるって言われているんだ』
「へー、初めて知った」
ガイドっぽいとこあるんだなと、私はちょっとルイスを見直した。
『その真偽はともかく、その石炭には魔力が宿っていて、普通に使ってる分には驚くほど長持ちするんだよ。火力もランタンのつまみで調節できるし』
「え? すごいじゃん⁉」
「じゃあ、もしかして料理もできちゃう?」
『大体、親指くらいの大きさで5年くらい、拳程度になると……かなり無茶しても無くならないって言われてるね』
「おぉ~」
私とエリナは思わず声を漏らした。
「どれどれ……」
エリナがランタンを手に取り、二人で中を覗いてみると、小石くらいの石炭が入っていた。
「うーん、ちょっと小さいのかな?」
「派手に使わなければ大丈夫じゃない?」
『どうだ、僕の知識は? 凄いだろ?』
ふんぞり返っているルイスに、
「うん、今回は素直に認めるわ、流石ルイスね~、カミラさんが召喚しただけはあるわ」とエリナが大袈裟に頷く。
『シシシ……』
ルイスは露骨な飴に満足したのか、姿を消してしまった。
「じゃ、他のモンスターが出る前に帰ろっか?」
「あ、うん。ポリス、行くよー」
私とエリナはランタンを持って、来た道を引き返す。
カチャカチャとポリスが追いかけてくる音が遺跡の中に響いた。