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第30話 ハラハラ

 私達はポリスを連れて、雷堂さんに教えてもらった商業区の西側へ向かった。

 途中、狭い路地から幼い獣人の子供たちが飛び出してくる。

「のわっ!」


「うぇーい! うぇーい!」

「ぎゃははは!」


 子供たちは騒ぎながら、次々と私の足に体当たりをして、走り去っていった。

 そして最後にぶつかってきた男の子が私に水鉄砲を撃ってきた。


 ――シャッ!


「ぐ……⁉」

 顔に液体がかかる。

 うぅ……何だろうこれ、水?

 変なのじゃなきゃいいんだけど……。


「あかり、大丈夫⁉」

 エリナがハンカチを差し出す。


「ごめん、ありがと……」

 私はハンカチを受け取って顔を拭いた。

 ぬぅ……、ちびっ子どもめ、どう復讐してやろうか。


『シシシ……』

 ポリスの背中に乗ったルイスが私を見て笑う。


「もう、勘弁して欲しいよ~。あ、これ後で返すね」

 エリナに愚痴りながら歩く。

 ま、濡れたのは顔だけだからいいけどさ。

 ん、何か変な味がする……。


「ねぇ、あれじゃない?」

 エリナが前を指さした。


「えっと、おっきい緑の看板があるって……あ! うん、あれね!」


 少し先の十字路の角地に、緑色の大きな看板が見えた。

 看板には『Wyver(ワイバー)』という竜の鱗模様のロゴが描かれていて、その下には『1DAY→300J』とある。


「あったーっ! あかり、はやくはやく!」

 エリナが私の手を取った。


「うん!」

 ――ひんやりして、柔らかい手。

 エリナの手が触れた瞬間、胸にきゅんと何かに締め付けられるような感覚が襲った。


 え? あれ、変だな――。

 やだ、何で私ってば意識しちゃってんだろう……。


 急に変な事を考えている自分が、何だか恥ずかしくなってきた。

 ちょっとドキドキしてるし……。

 どうしよう……、エリナを見ると、自分の考えが伝わってしまいそうで怖い。

 汗ばむ自分の手が、私を囃し立てる。

 私はエリナの後ろ姿を見ないように、目線を落として走った。


 お店に着き、エリナがさっと手を解いた。

 ほっとするような、少し寂しいような……。

 手にはまだエリナの感触が残っていて、私は無意識にそれを繋ぎ止めようとしていた。


 やっぱり、今日の私は何かがおかしい。

 いつもは、こんなこと考えないのに……。

 普段から少しくらいはドキッとすることはあるけど、これは変だ。

 

「あかり?」


 エリナがどうしたのと私を覗き込んだ。


「あ、ううん、大丈夫……」

 そう言って、エリナと目が合った瞬間、私の心臓が踊った。


 ――え⁉


 や、やだ、何でエリナを見てドキドキしちゃってんだろ?

 そ、そりゃあ可愛いし、特別な友達だとは思ってるけど……。


 あ、あれ?

 目の前が歪む⁉


「エ、エリナ……、私、何か変かも?」


 段々と息が荒くなる。

 脈が激しくなって、身体が熱くなって……。


「はぁ、はぁ……」

「ちょ! あかり! 大丈夫⁉」


 エリナが私の首元を手で押さえた。

「やだ、凄い熱⁉ ど、どうしよう⁉ ねぇルイス!」

『カミラんとこ行く?』

「そ、そうか、そうね! えっと……」

 その時、緑色のスタッフジャンパーを着たお店の男性スタッフが声を掛けてきた。


「どうかしました?」

「あ、あの友達が具合悪いみたいで……」

「そりゃ大変だ、医者呼びますか?」

 私は、慌てて男性スタッフに言う。

「あ、あの、少し休めば……だ、大丈夫なので呼ばないで」

『カミラのとこいけば大丈夫』

 ルイスがエリナに言った。

「う、うん、わかった……」


「あのー、もし良かったら、乗ってきますか?」

 男性スタッフが親指で、お店の敷地内に並ぶ飛竜を指さした。


「え⁉」

 エリナが大きな声をあげた。


「でも、あかり大丈夫かな……?」

 心配そうに私を覗き込むエリナ。


 の、乗りたい、苦しいけど、乗りたいが勝っている……。

 私はエリナの腕を掴んだ。


「お、お願い、乗せてもらって……はぁ、はぁ」


「わ、わかった。すみません、お願いできますか?」

「了解! じゃ、ちょっと待ってて」


 スタッフが飛竜の所に走っていく。

 手綱が付けられた飛竜は、青みがかった鱗に覆われていて、手足には鋭い鉤爪が生えていた。

 スタッフが跨った飛竜が、大きな羽音を響かせて空に舞い上がった。

「うわー、おっきい!」

「……」

 か、かっこいい……、はぁ、はぁ、息が、段々……。


 ***


「……ん、んん」

 こ、ここは……。

 目を開くと、華やかな装飾の天井が見えた。


「目が覚めた?」

 ハッと起き上がると、心配そうな顔をしたエリナが私を覗き込んだ。


「エリナ……、私……」

「あかり、あの悪戯坊主達にやられたわね」


「え?」

「ほら、路地にいた子供たちよ。水鉄砲かけられたでしょ? カミラさんが言ってたんだけどね、こっちの子供が良く遊びに使う『ハラハラ』っていう野草の汁なんだって」

「ハラハラ……、そっか、それでドキドキしちゃってたのか……」


「なんかね、ハラハラって普通に食卓に並ぶから、こっちの人は耐性があるんだって。あかりは食べたことがなかったから過剰に反応しちゃったんだろうって」

「……ったく、あの子たち!」

「ふふふ、でも無事でよかった。心配したんだから……」

 次の瞬間、ふわっとエリナの香りに包まれた。


「エリナ……」

 優しく抱きしめられた私は、「ありがとう」と囁いて、エリナをぎゅっと抱きしめた。

 もう、あの変なドキドキはないけれど、とても幸せな気持ちになる。


「あら、目が覚めたのね」

 カミラさんが部屋に入ってきた。


 慌ててエリナと離れる。

 私も真っ赤だけど、エリナも真っ赤になっていた。

 うぅ……誤解されそうだなぁ……。


「ふふ、仲が良いのね? 羨ましいわ」

「い、いやぁ、ははは。あ、カミラさん、本当にありがとうございました。お蔭ですっかり元気です」

 私はベッドから出て、力こぶを作って見せた。


「それは良かったわ。しかし、ハラハラとはね。ふふふ……」

 カミラさんは、楽しそうに笑う。


「あ、あははは……」

「そうだ、あかり。後でワイバーへお礼を言いにいかないと」

「え?」

「私達を乗せてくれたのよ。覚えてない?」

 そっか、私、飛竜に乗ったんだっけ?

 あぁ、何となくしか思い出せない……。


「ごめん、乗る前くらいまではなんとなく……」

「仕方ないよね、もう大丈夫?」

 私はぴょんぴょんと跳ねて、身体を捻ったりしてみた。

 うん、すこぶる快調だ。

 何だか、前より身体が軽いかも⁉

 

「ハラハラは血行促進作用があるからね、最初はスープで慣らしていくといいわ」 

「ふぅーん、ちょっと気になるかも」

「うん、食べてみたいね」

 するとカミラさんが、

「じゃあ次に来てくれた時、御馳走するわね」と微笑む。

「え⁉」

「い、いいんですかっ⁉」

「もちろんいいわよ、可愛い後輩なんだから」

 カミラさんはクスッと笑い、壁の時計を見て、

「二人共、そろそろ時間大丈夫?」と、私達に優しい目を向ける。


「あ! や、やば……そろそろ帰んないと!」

「のわ……、す、すみません、カミラさん助けて頂いたのに……」

 カミラさんが抱きかかえたルイスを撫で、

「いいのよ、また寄ってくれればいいわ」と、身体をゆっくりと揺らしている。


「あ、ありがとうございます!」

「じゃあ、また。失礼します!」


 私とエリナは深々と頭を下げた。

 部屋から出る間際に、「明日ね、あ! ポリスよろしく!」とルイスに手を振る。

 ルイスはカミラさんにべったりくっつきながら、面倒くさそうに尻尾を振った。


 ***


「はぁ、はぁ……着いた……」

「ふふ、あははは!」

 突然、エリナが草の上にゴロンと横になって笑い始めた。


「なに、どうしたの?」

「だって、あははは!」

 エリナがお腹を抑えて笑い始めた。

 しばらくの間、黙ってそれを見ていたけど、何だか私も可笑しくなってきた。


「ぷぷっ、ちょっと、エリナ! やめてってば」

「ちょ、止まんない、あははは!」

「ぷっ、もう! ふふ、ははっ、あははは!」

 それから二人で意味もなく笑い、私も草の上で転がって笑った。

 この時間がずっと続けばいいなと、私はエリナの横顔を見つめる。

 笑っていたエリナがこっちを見て、目が合った――。

 一瞬だけ、胸がきゅっとなったけど、全然苦しくなかった。

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