第29話 レンタル竜
――次の日の放課後。
私は教室でエリナに訊いてみた。
「ねぇ、エリナって寝袋とか平気?」
「ん? あぁ、平気平気~、虫じゃなければなんでもおっけーよ」
エリナは得意そうな顔でひらひらと手を振った。
「良かったー、実はキャンプの準備を考えてたんだけどさ」
「えっと、レベルあと3だっけ?」
「うん、それで8だから、そろそろ考えておこうかなって」
エリナはそうだよねーと腕組みをする。
「副部長に聞くのが一番早そうだけど」
「あ、私も思ってた」
「はは、だよねー。何でも知ってるもん」
突然、エリナが席を立って胸を張り、
「雷堂、藤ちゃんの質問に答えろっ!」と七瀬部長の真似をした。
「ちょ、あはは! 似てるー!」
「似てた?」
「うん、似てた似てた、あ! そろそろ行かなきゃね?」
「うむ! 行くぞ藤ちゃん!」
「ははは! あ~、お腹痛い。そういえば部長って、なんで『ちゃん』づけで呼ぶのかな?」
「考えてもわかんないよ、部長は謎」
エリナが小さく肩を竦める。
「確かに、あんなに小さいのに強いし……」
私たちは笑いながら部室へ向かった。
部室に入ると、上級生たちがミーティングルームから出てきた。
「お疲れ様です」
私とエリナはペコリと頭を下げる。
すると、上級生の一人が声を掛けてきた。
「お疲れー。どう、異世界は楽しい?」
「あ、はい! とても楽しいです!」
「それは良かった。あ、レンタル竜とか、もう乗ったの?」
「レ、レンタル竜?」
――エリナと目が合う。
「りゅ、竜をレンタルできるってことですか?」
「どこで⁉ どうやって⁉」
二人で上級生に詰め寄る。
「ちょ……」と上級生は両手を向けて後ずさった。
「あ、あはは……、えっと、レンタル竜ってのは、遠出する時なんかに借りる飛竜のことなんだけど……。んー、大手だと『Wyver』とか、『ワイバーン航空』とかが有名かなぁ……」
「だ、誰でも乗れるんですかっ!」
エリナがさらに一歩前に出る。
「う、うん……、大抵の店は一日300Jくらいかな」
「さ、300J!」
私も一歩前に出た。
安い……、私の手持ちでも十分乗れる金額だ。
「じゃ、じゃあ、試しに乗ってみるといいんじゃない? 頑張ってね~」
上級生は私とエリナの間をすり抜け、手を振りながら去ってしまった。
「あかり」
「エリナ」
私達は互いの目を見て頷いた。
***
ミーティングルームで待っていると、雷堂さんが入ってきた。
「おう、待たせたな。早速、ミーティ……」
エリナが雷堂さんの言葉を遮る。
「竜に乗りたいっ!」
雷堂さんはキョトンとして、
「……ん? 俺、竜のこと言ってなかったっけ?」と小首を傾げた。
「聞いてません」
と、私は食い気味に即答した。
「わ、悪い悪い、もう当たり前の事になっててさ、忘れちゃってたよ。ワハハハ」
「もう! 笑い事じゃないですよ!」
エリナがムーっと雷堂さんを睨んだ。
「すまんすまん、じゃあ、今日のレベル上げは、竜に乗って行けばいいじゃないか?」
「え⁉ そんな簡単に?」
「Jさえ払えば、誰でも乗れるからな。好きなように乗ればいいさ」
「やったーっ!」
私はエリナと両手を合わせ、その場で飛び上がった。
***
「うーん、気持ちいいー!」
「やっぱ最高だねー」
何度見ても、風に揺れる草原は見晴らしが良く、柔らかい風は心地よかった。
私はその光景に目を細めながら、雷堂さんの言葉を思い返していた。
『レムリアの商業区に入って西側に進むと、Wyverがあるぞ』
レンタル竜は、運営会社によって料金や飛竜の種別が異なるらしいのだが、大手有名所なら、まず間違いは無いらしい。
私とエリナは二人で相談した結果、大手のワイバーを利用してみることにした。
意外とこういう所は保守的なのだ。
隣で風を全身に受けながら、エリナが大きく両手を広げて言った。
「早く乗ってみたいねー」
「うん、気持ちいいんだろうね~」
「あれ、ルイスじゃない?」
「ほんとだ」
遠くからふわふわとルイスが飛んでくるのが見えた。
私とエリナはルイスに「おーい」と、大きく手を振る。
『シシシ……、来てやったぞ』
「待ってたくせに」
エリナが言うと、ルイスは空中でくるんと一回転して、
『ぼ、僕はカミラと遊んでたんだぞっ!』と私の頭に乱暴に着地した。
「はいはい、ごめんごめん、じゃあ行く?」
『……うん』
渋々、ルイスが返事をした。
「そんな怒んないでよー、ルーイスちゃんっ」
エリナがちょっかいを出すが、髭がピクッと動くだけだった。
ルイスは意外と根に持つタイプなのかも。
門兵のケインさんとカインさんに挨拶をして、レムリアの街に入る。
今日もカッコよかったなぁと思いつつ、ひとまずポリスを迎えに行くことにした。
――東京異世界専門学校厩舎。
「おーい、ポリスー、元気だった?」
骨なので返事はないが、カチャカチャと飛び跳ねているので喜んでいるのだと思う。
厩舎のお兄さんが、
「ポリスくんはここでも飛び抜けて元気ですよ」と微笑んだあと、思い出したように、
「あ、そうそう。お迎えは、紐づけされたガイドでも大丈夫ですからね」と私に言った。
「え?」
「もちろん、直接来られる方もいますけど、大抵の方はガイドが代わりに迎えに来ていますよ」
「そ、そんなことができるんですか⁉」
私はそう言って、頭上のルイスに目を向ける。
それが可能なら時間制限がある私達にとって、かなり助かる話だけど……。
ルイスを見ると、くるんと背中を向ける。
『契約書を読まないのが悪いんだろー』
「うっ……正論」
私が怯んでいると、横からエリナが言った。
「できるんでしょ? じゃあ次から連れてきてよね?」
『むぅ……、わかったよ』
渋々頷くルイス。
「ほんとに大丈夫?」
『別にこいつを連れて行くだけだし』
そう言ってルイスはポリスにチラッと目を向ける。
ポリスは小さな骨の尻尾をカチャカチャと振っていた。