第27話 はじめてのクエスト
原初の森は広く、深い。
奥へ行きすぎると強いモンスターが出るから、と雷堂さんに注意を受けている。
というわけで、私達は街に近い領域を探索することにした。
「どうよルイス? 実はありそう?」
エリナが声を掛けると、ルイスは木々の隙間をすり抜けながら、
『うーん、この辺はなさそうだよー』と答える。
「そっか……」
「まぁ、あればラッキーな感じだしね」
探しながら森を歩いていると、ポリスが急に走り出した。
「あ! ポリス⁉」
私とエリナは慌ててポリスの後を追う。
「ちょっと、待ちなさい、ポリス!」
飛び出した木の根を飛び越え、薄暗い森の中を走った。
『何かいる!』
いつの間にか頭に乗っていたルイスが、私のおでこをゴムボールみたいな肉球でパチンと叩いた。
「ててて……、もう、何するのよ……」
「あかり、シッ!」
エリナが口に指を当てて、私に合図する。
「――⁉」
少し先で、ポリスが地面を掘っていた。
一体、何を……ん?
よく見ると、ポリスの側に立つ一本の樹がゆっくりと動いている。
「え……?」
ポリスを囲むように、ザワザワと枝が伸びていく。
樹の幹には、邪悪な悪魔の顔のような模様が浮かび上がっていた。
エリナが小声で私に囁く。
「あれ、多分……樹のモンスターよ」
『食人樹って言うんだぜ』
得意気に説明するルイスを見て、私は初めてガイドらしいと思った。
「食人樹……、嫌な名前」
「あかり、私が撃ったらポリスを回収、おk?」
「わかった」
私はエリナに力強く頷き、いつでも飛び出せるように構えた。
エリナは茂みに隠れながら、そっと左手の指を食人樹に向ける。
白くて細い人差し指に光の粒子が集まり、右手を後ろに引くと光の弓矢が現れた。
――エターナル・アロー!
瞬間、放たれた光の矢が食人樹の幹を貫き、巨大な穴が拡がった。
「いまだ!」
私は茂みを飛び出してポリスに駆け寄る。
キョトンと私を見るポリスの肋骨を掴んだ。
おぉ! 骨だから掴みやすいっ!
ポリスを掴んだまま茂みに飛び込むように戻った。
「よっしゃー!」
「いぇーい!」
エリナと拳を合わせる。
振り返ると食人樹は、そのまま倒れて動かなくなっていた。
私とエリナは、茂みからそっと顔を覗かせて、横たわる食人樹の様子を探った。
「大丈夫かな?」
「うーん、大丈夫だと思うけど……、念の為トドメ撃っとく」
「えっ⁉」
――ファイア・アロー!
火の粉が矢の勢いに撒かれながら舞い散った。
矢は炎の尾を引きながら食人樹に命中し、一瞬で対象が炎に包まれた。
死んでいたと思っていた食人樹は、苦しそうにもがき始める。
「うわ、生きてたよ! 危なかったねー」
「うん」
近づいていたら、襲われてたかも知れない。
ふぅ~と息を吐き、私達はしばらく様子を見ることにした。
炎が鎮まり、炭と化した食人樹からプスプスと煙が上がり始める。
もう、食人樹が動く気配はないように思えた……。
「大丈夫だよね?」
「ちょっと、ルイス見てきてよ」
『えー、もう大丈夫じゃない?』
面倒くさそうにルイスが答えた。
「やる気あんの?」
「ちょ、エリナ。ほら、動いてないし、大丈夫みたいだよ」
私が黒焦げの食人樹を指差すと、ポリスが小走りで近づいていく。
「あ、ポリス⁉」
炭になった食人樹の周りで、ポリスはスンスンと匂いを嗅ぐような仕草を見せている。
匂いって、わかるのかな……?
すると、食人樹の幹に空いた穴に顔を突っ込んでいたポリスが、何かを咥えて戻ってきた。
「何か咥えてる……」
ポリスは私の前でポロッと赤い石を落とした。
「ま、魔石じゃんっ!」
「え、ポリスヤバくない?」
私とエリナはポリスを撫で回し、魔石ゲットに喜んだ。
エリナが「あ、そうだ」と思い出したように言うと、『ステタコ』と唱える。
「うーん、私のステは変わりなし。そっちはどう?」
お、ステータス確認か、えっと……。
私も『ステタコ』と頭の中で念じる。
「えーっと、んー、私も変わりなしだね……」
まあ、一体だけだし仕方ないか。
そうだ、ポリスは……。
私はポリスのステータスを見た。
レベル:3
種別:骨子犬
属性:闇
名前:ポリス
HP:20/20
MP: ー
攻撃力:2
防御力:4
知力:2
体力:1
敏捷:5
幸運:2
パッシブスキル:噛み付き……攻撃を受けると反撃
「あ、上がってると思うけど、弱っちぃ~……」
「どれどれ?」
私は端末をエリナに見せた。
「うわ~……、で、でも、まだレベル3だしね」
「う、うん」
先は長いなと思いながら、私は魔石を手の平に置く。
魔石は小さくて、親指くらいの大きさだ。
「ねぇ、エリナー、この大きさなら換金しなくていいかな?」
「どうなんだろ、まあ邪魔にならないし、いいんじゃない?」
私は「じゃあ、とりあえず預かっとくね」とポッケに魔石をしまい、
「さて、ルイスどうなの? なんかありそう?」と訊いた。
『うーん、チョット待って』
ルイスはふわっと浮かび上がって、キョロキョロと辺りを見回した。
『こっちかなー』
「ほんと?」
『うーん、何か良い匂いがするような……』
ふわふわと何かに誘われるように、ルイスは森の中を進み始めた。
「ちょっと、ルイス?」
私達は茂みをかき分け、ルイスの後を追いかける。
「あかり、時間大丈夫だよね?」
「うん、あと……1時間ってとこかなぁ」
「マジで? そろそろ切り上げないと……」
「だね……」
そんなことはお構いなしに、どんどん奥へ入っていくルイス。
もう、道と呼べるようなものはなく、起伏が激しくなってきた。
入り組んだ木の根を足場にして、大きな岩や坂を越える。
「ちょっと、ルイスー、そろそろ引き返さないと……」
『あ!』
ルイスが声を上げ、ス~っと傾斜のきつい坂の上へ飛んでいく。
「ちょ、ルイス!」
この坂はポリスじゃ登れないか……。
私はポリスを背中に紐で括り付けた。
こういう時、骨は結ぶ所が多くて助かる。
「ったく、あの猫~! こっちは歩きなのに!」
二人ではぁはぁと息を切らしながら坂を登りきると、小さな丸い池が見えた。
「わわ、こんなとこに……池?」
「ほんとだ! っていうか浅いね」
池というか大きな水たまりみたい。
深さは三十センチくらいで、水がとても透き通っていて綺麗だった。
生き物の姿は見えない。苔のような水草が所々に生えている。
池の真上に浮かんでいたルイスが、『遅いよー』と言った。
「あ、あんたねぇ……」
「まあまあ、エリナ」
『シシシ……、いいのかぁ? そんなこと言っても?』
ルイスは得意気に胸を反らした。
「何? 見つけたの?」
『へっへーん、驚くなよ? それっ!』
ルイスが片手を伸ばしながら、勢いよく池の上空を一周した。
何もなかった場所に、たくさんの丸い実をつけた木々が現れる。
まるで、小さな赤い提灯が並んでいるようだった。
辺りは一瞬にして、夜市のような幻想的な光に包まれる。
「わーっ! 綺麗……」
「のわーっ! す、すごい……!」
『シシシ……』
こ、これか……安倍さんが言ってたのは。
秘密のお祭りみたい……。
『宵の木は触ると見えるようになって実が光るんだ。時間が経つと、また見えなくなるけどね』
ルイスはモシャモシャと宵の実を頬張っている。
「お、美味しいの?」
『うん、これ大好き!』
目を細めて美味しそうに食べるルイスを見て、私とエリナはそっと実をもいでみた。
「うわ……」
手の中で実がぼんやりと光ってる。
ちょっと暖かくて、大きなさくらんぼみたい。
「……」
恐る恐る、私は実を一口齧ってみた。
「⁉」
お、美味しい‼
シャリッとしてて食感は梨に近い。
葡萄とキウイが混ざったような、甘酸っぱい味が最高だった。
「ヤバい! 何これ、すっごく美味しい!」
エリナがもぐもぐしながら、目を大きく見開いた。
「うん、後味もスッキリしてて、これはハマるかも……」
『へへ、美味しいだろ?』
ルイスは実を何個か抱えてシシシ……と笑いながら浮いている。
「ポリスも食べられるといいんだけどねー」
私は足元でおすわりしているポリスの頭を撫でた。
「あ、もうこんな時間! エリナ、そろそろ戻らなきゃ!」
「ん、おっけー」
二人で実を頬張りながら、手早く摘んだ実を籠に入れていく。
「こんなもんかな? あんまり入れると重いし」
「ねぇ、あかり何個採った?」
「えーと、28個」
「ってことは、合わせて60個だから……12,000J⁉ やった、何か買おうよ!」
「うん、あ、キャンプ用品見たいなー」
「いいねー」
「よし、じゃあ戻ろ?」
「うん。ルイスー、行くよー」
『わかった。モゴモゴ……』
坂を下りる時に振り返ると、光は消えて宵の木はもう見えなくなっていた。
うーん、異世界ってやっぱり不思議……。
隣を見ると、ルイスとエリナの膨らんだほっぺが赤く光っていた。