第26話 ルイスとポリス(後半)
「おぉ~……」
いつ見てもかっこいいなぁ~!
私とエリナはケインさんとカインさんに頭を下げて、厩舎に向かった。
ある程度、道も覚えたし……、何となく『こなれ感』が自分から出ているような気がして嬉しい。
「どうする? ついでだしクエストとか受けちゃう?」
「うーん、でも……また怒られないかな」
「別に原初の森なら同じことだし、森でできるクエストを探せばいいんじゃない?」
「じゃあポリス迎えに行ったら、ギルド寄ってみる?」
「おっけー、それでいこ」
私達は異世界専門学校厩舎に着き、厩舎横にある事務所の方に入った。
「すみませーん」
「お、いらっしゃい!」
前と同じお兄さんが受付に立っていた。
「あ、お世話になってます、ポリスを連れて行きたいんですが……」
「はい、ポリスくんね。えーっと確か、『R05』だったよね……。ん? それって、もしかして夜猫?」
お兄さんは驚いたように、私の頭上を指さした。
「あ、はい。ガイドのルイスです」
「へぇ~! 夜猫がガイドかぁ~、珍しいなぁ~!」
お兄さんはカメラマンのように、忙しなく移動しながら、ルイスを色々な角度から眺めた。
「そ、そんなに珍しいんですか?」
「あー、ごめんごめん。そうなんだよねー、夜猫自体は運がよければ見つけられるけど、ガイドでしょ? 凄いなぁ~、良く召喚できたっていうか……」
「あの、私が召喚したわけじゃなくて、カミラさんっていう先輩が……」
「カミラ⁉ もしかして、あのエルジェーベト・カミラの事?」
「あ、はい、そうですけど」
「な、なるほど……、納得というか、さすがというべきか……」
感心したように頷きながら、お兄さんがカウンターに戻り端末を手に持つ。
「ポリスくんだよね、すぐに連れてくるから少し待ってて」
「お願いします」
お兄さんが小走りで厩舎へ向かうと、エリナがルイスに訊いた。
「あんた、ホントは凄かったりするの?」
『ホントじゃなくても凄いんだぞ!』
ルイスが空中で尻尾をぶんぶんと振る。
「はいはい」
『やるのかっ!』
ルイスの毛が逆立つ。
「なによ⁉」
『ふーっ』
「ちょ、ちょっと二人共、落ち着いて……」
二人は「ふんっ」とお互いに顔を背けた。
うぅ、仲良くしてよ~……。
「お待たせしました~!」
お兄さんが戻ってきた。
足元にはポリスがいて、私を見るなりカチャカチャと駆け寄って来た。
「おぉ……」
手を甘噛みしてくるポリス。
涎がつかない分、普通の犬より衛生的なんじゃないかと思う。
『こいつがポリスか』
ルイスが生意気そうな顔でポリスを見た。
「ちょっと、仲良くしてよ?」
「あかりー、時間ないんだから、早く行こう?」
「あ、うん」
私はお兄さんに、
「じゃあ、後でまた預けにきますので」と頭を下げる。
「はい、あ、帰りは表のスタッフに渡してくれても大丈夫ですから」
「わかりました。ありがとうございます」
お兄さんにお礼を言って、私達は急ぎギルドに向かった。
ルイスはポリスが気になるらしく、ずっとちょっかいを出していた。
まぁ、あまり口出しするのもアレだし……。
ギルドの前に着き、重い扉を押し開けた。
前回来た時より大勢の冒険者で賑わっている。
「うわー、混んでるね」
「うん、出直そうか?」
私達が諦めて森へ向かおうとした時、向かいの店先から店主が声を掛けてきた。
「おーい、嬢ちゃんたち」
何だろう?
私はエリナと顔を見合わせ、店主に近づく。
「どうかしましたか?」
私が尋ねると、髭と眉毛でほとんど顔の見えない店主が、ルイスを指さして言った。
「もしかして、その子は嬢ちゃんの連れかい?」
「はい、そのつもりですが……」
「クエストを受けてくれないか? 報酬ははずむよ?」
「クエスト?」
「ああ、夜猫さえ居れば簡単なクエストさ」
「ふーん、何をやればいいの?」
「ちょっとエリナ……」
「大丈夫よ、ちゃんとお店の人だしさ」
確かに、ギルドの真ん前のお店だし……。
いや、でもなぁ……。
頭の上のルイスは何も言わずに香箱を組んでいる。
と、その時、後ろから声が掛かった。
「やぁやぁ! こんなところで偶然出会うなんて、僕はなんてツイてるんだろう! オゥ! マイ、フレンドゥッ!」
こ、この声は……⁉
恐る恐る私とエリナが振り返ると、そこには研修の時に会った先輩の安倍竜が、身体を斜めに反らし私達に指を向けていた。
本人曰く、三兄弟の人格が存在するらしく、一番絡みづらいのがこのやたらとテンションの高い、次兄のアベルなのだ。
「フォゥ! やはりエッリ~ナと藤沢女子。ここで何してるんだい?」
「え、いや……」
クッ! アベルめ……。安倍さんを出せ、安倍さんを!
ちなみに安倍さんというのは、交渉事の時に出てくるしっかり者の長兄だ。
そうだ、安倍さんは研修を担当するくらいだから、しっかりしてるはずだし……ちょっと訊いてみよう。
「あの、クエストを持ちかけられてるんですけど、こういうのって危なくないのかなって……」
「ホワッツ⁉ ふむふむ、それはナ~イス、クエッスチョンだよ藤沢グァール?」
「……」
私が無言で見つめていると、
「オ、オーラィッ! ちょっと待っててプリーズ?」と言って、店主のところに行った。
「ねぇ、あかり、もう森に行っちゃう?」
「ちょ、エリナ……」
すると安倍さんが戻ってきた。
「ごめんごめん、待たせたね。今、お店の人に話を伺ってきたんだけど……」
「安倍さん……!」
か、変わってる!
「やっと聞く気になれるわー」
エリナがほっとしたように呟く。
安倍さんは苦笑いを浮かべ、
「はは……、アベルがまた何かやりましたか」と眉を下げた。
「い、いや、大丈夫です。お気になさらず……」
安倍さんは、オホンと咳払いをして、
「えー、このクエストは受けても大丈夫です。というのも、私自身も初めの頃に受けたことがあるクエストでした。その時は、ギルドを通して受けましたが、依頼主はここの店主さんでしたので」と言った。
「へぇ……、じゃあ大丈夫なんですよね?」
「ええ、それは私が保証します。雷堂さんにも伝えておきますし……、それに、アレはぜひ見ておいて欲しいですからね」
「アレ……?」
何だろう、気になる。
「まあ、後は店主さんに説明をしてもらって下さい。きっと良いことがありますよ」
そう言って、安倍さんは店主に頭を下げ、「それじゃ」と、小さく手を振って帰ってしまった。
「あ……」
まぁ、安倍さんが言うなら大丈夫かな?
一部始終を見ていた店主が、
「何だ? 嬢ちゃん達警戒してたのか? ははは、小さいのに偉いな~」と笑った。
エリナが少しムッとして、
「それで、何をするのかしら?」と言った。
「ああ、見ての通りウチは果物屋なんだけど……」
「果物屋?」
お店を見ても、果物なんて一つもない。
軒先の商品棚に並ぶのは、野菜と芋、それに大きな網カゴに入った豆類だった。
「何もないけど?」
「そうなんだよ、困っちゃってさ……」
店主が大きくため息をついた。
「何かあったんですか?」
「ああ、ウチと契約している果物農家の畑が荒らされちまって、入ってこないんだよ」
「え、それって警察……あ、憲兵さんに相談するとか……」
店主は頭を振って、
「人に荒らされたんなら、憲兵も話を聞いてくれるかも知れないが……、相手は魔物だからな。泣き寝入りさ、来年まで待つしかない」と肩を落とした。
「それは残念だけど……」
うーん、どうもしてあげられないよねぇ。
「それで、簡単なクエストって何?」
エリナが訊くと、店主がそうそうと思い出したように話し始めた。
「夜猫は『宵の実』っていうフルーツが好物でね、宵の実は原初の森にたくさん実ってるんだけど、触れないと見えないから探すのが難しいんだ。でも、夜猫さえいれば……」
「なるほどね、それで私達に声をかけてきたのね?」
エリナがははーんと店主を見た。
「そうそう! そうなんだよ、どうだい? 報酬は1個に付き200J払うよ? 籠も貸すしさ」
「200J⁉」
エリナが私に顔を近づけ、ひそひそと話し始めた。
「どうする? 一個で200Jだよ? 10個で2000Jだし、100個だと……」
「ちょ、エリナ、100個は無理だよ……」
でも、どのみち森には行くんだし、ついでに持って帰ればいいのか。
悪い話ではないように思えるけど……。
「まあ、クエストの難易度自体はG程度で、誰にでもできるものなんだ。ただ、夜猫がいないと探すのが難しいってだけなんだよ」
「あの、もし見つからなかった時は?」
「籠さえ返してくれればいいよ。このままじゃ無いのは変わらないわけだし」
「ねぇ、やってみる?」
「よし、やろう! ルイスもいいよね?」
『まぁ……、いいけど』
「決っまりー! じゃあ、おじさん籠貸してー」
店主は喜び、
「おぉ! ありがとう! じゃあこの籠を使ってくれ」と言って、籠を二つ用意した。
「へへ、装備完了!」
「うん、いっぱい採るぞー」
私とエリナは籠を背負い、店主に「いってきます」と手を振って森に向かった。




