第20話 部長降臨
放課後、エリナとイセタンの部室に入ると、教壇の上でいびきをかいて眠っている女の子がいた。
「え⁉」
「どういう状況⁉」
私とエリナは他の部員を探すが、まだ誰もいないようだった。
そっと寝ている女の子に近づく。
小柄で金髪のツインテール、エリナに負けず劣らず可愛らしい顔をしている。
制服はウチの学校のだけど、なぜここで寝ているのか……。
「むにゃむにゃ……」
女の子が寝返りを打つ。
「あ、危ない!」
落ちそうになった瞬間、女の子はくるっと身を翻し、着地すると鋭い目で左右を確認した後、また、うつらうつらと船を漕ぎ、床にごろんと横になった。
「ど、どうする?」
「誰なんだろう、部員の人かな……?」
「身のこなしからして部員の人だとは思うけど、うーん……」
その時、部室の扉が開き雷堂さんが入ってきた。
「おう! 早いな。さてさて、今日は……ん?」
雷堂さんは床で寝る謎のツインテール少女を見て、大きなため息をつく。
「二人とも悪いな、これがウチの部長の七瀬だ……」
「え⁉」
こ、こんな小さな女の子が部長?
「な、なんで寝てるんでしょうか?」
「さあな、部長じゃなかったら、とっくに締め上げてるよ」
そう言って、雷堂さんは七瀬さんを揺すった。
「おい! おいって! 七瀬!」
「……うるさいなぁ!」
七瀬さんが腕を振ると、雷堂さんの巨体が部室の端まですっ飛んだ!
「えっ⁉」
「ちょ⁉」
私とエリナは慌てて雷堂さんの元に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ、ああ……。ててて、ったくあの野郎……」
雷堂さんは起き上がると、
「心配ない、いつものことだ」と苦笑いを浮かべた。
ど、どういうこと⁉
いつもって……。
わけがわからないまま、私とエリナは七瀬さんの様子を伺う。
すると突然、「うがっ!」と叫び声をあげ、ひょこっと上半身を起こした。
「お、起きた⁉」
雷堂さんが近づき、
「おい、七瀬。いい加減に……」と言いかけた瞬間、またもやふっ飛ばされる。
「ふ、副部長ぉーっ⁉」
ゴロゴロと転がり壁に激突し、「こ、この、クソガキがぁ~!」と雷堂さんが青筋を立てて叫んだ。
「うぉーっ!」
雷堂さんが叫びながら七瀬さんに体当たりをかます。
だが、七瀬さんは目を擦りながら、片手でそれを止めた。
「ま、マジで……⁉」
「ちょ、あかり、あの人ヤバくない?」
雷堂さんが諦めて力を抜くと、七瀬さんが欠伸混じりに言った。
「せめて両手くらい使わせなきゃね、ふわぁ~……」
「す、凄い……」
私とエリナが呆気に取られていると、七瀬さんが私達に気づいた。
「あら、新人? 挨拶がないわよ?」
「あ、す、すみません! 先日入部した、藤沢明里です」
「同じく、有薗エリナです」
雷堂さんが頭を振って、
「挨拶も何も、どこに行ってたんだよ! いくら探しても見つからねぇし、そもそも無許可連泊とかするのはお前だけだぞ? 毎回、顧問に怒られてんのは俺なんだよ!」
すかさず七瀬さんが、雷堂さんの腹にボディブローを入れた。
「ぐふっ……!」
「な……⁉」
な、なんなんだこの人は……?
「雷堂、もう少し腹筋を鍛えないと……だめよ?」
そう言って、ニコッと笑うと七瀬さんが私達に向き直り、
「よろしく新人ども! 私がイセタンの支配者にして無敵の王者! 七瀬・ドレイクだ!」と声を張った。
「ど、どうも……」
「声が小さーいっ!」
「は、はいぃ! よろしくお願いします!」
「うむ、よろしい。じゃ、雷堂、あと頼むわー」
七瀬さんはひらひらと小さな手を振って、部室を出ていった。
「……」
何だったんだろう……。
呆然と立ち尽くす私とエリナに、雷堂さんが「すまねぇな」と頭を掻きながら言う。
「い、いえ……」
「なんかパワフルっていうか」
「あいつは竜族とのハーフでな……、色々と問題はあるが、それを補ってもおつりが来るくらいの腕力があるんだ」
「竜族……って、すごいですね」
竜族は数が少ないが、高い地位の者が殆どだと聞く。
とても強い種族で寿命も長いらしい。
「雷堂さんでも勝てないんですか?」と、エリナが尋ねた。
「ああ、誰もあいつに両手を使わせた奴はいないよ」
「そ、そんなに……」
「ま、ああいう規格外な奴も向こうにはゴロゴロいるってことだ。それよりも、どうだ? ちょっとミーティングしないか?」
雷堂さんがミーティングルームに親指を向ける。
「あ、はい! お願いします!」
***
ミーティングルームに入り、席につくと雷堂さんが、人数分のジュースを持ってきてくれた。
「ほら、飲め」
「うわー、すみません」
「ありがとうございまーす」
やっぱ副部長は違うなぁ~、なんだかんだで優しいし。
「さて、まずは……、そうそう、前回の反省だが、お前らホイホイ付いてくなんて何を考えてる?」
「え、あー、そのー」
「一応、向こうも人間だったし、大丈夫かなと思って」
エリナが答えると雷堂さんが腕組みをした。
「絶対に駄目だ。そもそも人間の方が危ないんだ。今回みたいな、来たばかりの新人を狙うケースは多い。舞い上がってるし、騙しやすい、弱い、もう上げればキリがないが、要するにカモなんだよ」
「はい……」
「いいか? いつでも誰かが助けてくれるとは限らないんだからな?」
「はい……わかりました」
私とエリナはしょんぼりと俯く。
「で、今後のプランだが、あれからちょっと考えてみた」
雷堂さんがプリントを配る。
プリントには、私達の希望を踏まえたレベル上げの最短ルートや、方法、宿泊について書かれていた。
「お前らはあれだろ、向こうでキャンプとかしたいんだよな?」
「あ、はいそうです」
雷堂さんがプリントを指さして、説明を始める。
「ここにある通り、低レベルでも宿泊できそうなポイントを書き出してみた。原初の森の中でも、比較的安全な場所だ。宿泊に関しては部の合宿もあるし、顧問に申請して許可が出れば、日中の授業日程を調整してくれる」
「へぇ~、なるほど……」
「じゃあキャンプできんじゃん! ていうか顧問って誰なんですか?」
エリナが尋ねる。
確かに気になる、一度も見たことないもんね。
そもそも居たのかって感じだし。
「ああ、実は初日の測定の時も横にいらっしゃったんだが、ちょっと珍しいスキルを持ってる方でな。慣れないと見つけるのは難しいかも知れん」
「え? ど、どういうことです?」
あの時にいたの⁉
全然気づかなかった、っていうか、普通に声かけてくれれば……。
「アンチ・エンカウントというスキルでな、簡単に言うと気づかれにくい体質なんだ。……チートレベルで」
「チ、チートレベルで?」
「ああ、俺も最初は半月ほど存在を知らなかった」
「そ、そんなに……」
何その忍者みたいなスキル……。
もしかして、既にこの部屋にいるとかないよね?
私はキョロキョロと部屋の中を見回した。
「凄いんだぞ? ダンジョンや魔王城なんかも、敵に襲われずに偵察できるんだ。だからそういう極秘任務を任されているらしい」
「それは、凄いと思いますが……」
常にそんな感じじゃ不便だと思うんだけど……。
「はぁ、会える気しないわ」
エリナが肩を竦める。
「今の状態で顧問に申請しても、泊まりの許可は無理だろう。お前らのスキルを考慮しても……、せめてレベル5以上は欲しい。というわけで、ここを見てくれ」
プリントの指定された場所を見ると、クエストが書かれていた。
――――――――――――――――――
クエスト難度:E
依頼内容:原初の森の奥にあるメジッハ遺跡に棲み着いたモンスターの退治。
拘束時間:完了まで
報酬:2000J
依頼主:遺跡保安機構
――――――――――――――――――
「これって、Eランクですけど私達でも大丈夫なんですか?」
「ああ、パーティーで受けるから問題はない」
「パーティー……ですか?」
「そうだ、その方が圧倒的に効率がいいぞ? 恐らくこのクエスト一発で、藤沢は4、有薗は3くらいまで上がるはずだ」
雷堂さんは見た目と違って、細かいところがあるなぁ。
猛将と思いきや智将なタイプなのかも……。
「その、やっぱり職で上がり方が違うんですか?」
「ああ、有薗はレア職だからな、その分重い」
「なるほど……」
エリナが恐る恐る雷堂さんに尋ねた。
「あの、誰とパーティーを組むんですか?」
「ああ、安倍はいま別のクエストで手が離せないんだ。だから、俺ともう一人部員を連れて行くつもりだ」
私とエリナはホッと胸をなでおろした。
「そのもう一人って、上級生の誰か……」
その時、ミーティングルームの扉が音を立てて勢いよく開いた。
「私が行こう!」
見ると、七瀬部長が仁王立ちで立っていた。
「ちょ、何だよ? お前パーティーとかいつも嫌がるだろ?」
「ふはははっ! たまには部長らしいこともしておかねばな!」
「ほんとかよ? 何か嘘くせぇな……」
「ほ、ほんとだっ! 決してカミラに怒られたからじゃないぞ!」
七瀬さんが顔を赤くして言った。
「……怒られたんだな」
雷堂さんが大きくため息をついた。
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