第2話 冒険者アプリ
「ありゃ、ハーフエルフか? ふむ、『風』のEX適性だな。元々エルフ族ってのは『風』の適正が高いんだ。あいつも例外じゃないだろう」
雷堂さんが副部長らしく解説してくれた。
「なるほど……」
でも、エリナがなんで異世界探索部に?
確か、映研に行ったはずじゃ……。
そう思っていると、エリナが駆け寄って来た。
「やっほー。あかりもやったの、これ?」
「あ、うん。あの、映研に行ったんじゃ……?」
「あー、あれね。何か映画に出ろだの、写真撮らせろだの、しつこいから辞めちゃった。私は撮る方が良かったのにさ」
エリナが口を尖らせ、つまらなさそうな表情を浮かべる。
「そ、そうなんだ……」
まあ、映研の人たちからすれば、願ってもない逸材がやって来たわけだし……、その気持ちはわからなくもない。
エリナが出る映画が見れないのはちょっと残念だと思うけど、仕方ないよね。
「で、あかりの判定は?」
「えーと『闇』にEX適性が一応あったみたいで……」
「ふーん、それって凄いの?」
そこで雷堂さんが口を挟んだ。
「凄いってもんじゃねぇ、異常だよ。魔族でも中々出ないからな」
「やったじゃん! 私も『風』が良いらしいよー。いぇーい」
ピースサインを出すエリナに、雷堂さんが見とれている。
副部長、そりゃあ、こんだけ可愛いんだもん仕方ないですよ。うん。
「オホン、あー、藤沢。一応これで測定は終わりだ。初日は測定のみって決まってるから、今日の結果を踏まえて、次までに目指す職業とやりたいクエストを決めておくと良いだろう」
「はい、わかりました」
「あと、そこのコルクボードにクエストが貼ってあるから、参考までに見ておくといい」
雷堂さんは戸棚にはかる君を戻しながら言った。
「ねぇねぇ、クエスト見てみようよ」
「うん」
エリナに袖を引っ張られてボードの前に向かった。
思わずエリナの可愛さに顔が緩んでしまう。
いかんいかん、しっかりせねば。
ボードには大小様々なメモ書きが貼られていた。
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クエスト難度:F
始まりの森での、薬草採取
数量:15
報酬:薬膳スープ
依頼主:やふま商店
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クエスト難度:G
店内の掃除、雑用
拘束時間:4時間
報酬:武器メンテ
依頼主:モーガンの武器屋
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「うーん、何か……雑用が多いよね」
「うん、でも、最初は簡単なクエストが良いって、ネットに書いてあったし」
「そうなの? えー、めんどくさーい」
エリナがぶーっと頬を膨らませた。
「めんどいって……あの、エリナ? なんで異世界探索部に来たの?」
「なんでって、あかりがいるからに決まってんじゃん?」
きょとんとした顔で、さも当然のように答える。
ぐ……ま、魔性だわ……。
不覚にもキュンとしてしまう。
「う、うれしい。そんな風に言ってくれたの、エリナが初めてだなー。村じゃ若い子は私だけだったし……」
「もう、大袈裟ねー。で、どんなクエストしたいの?」
「私はダンジョンとかにも行ってみたいけど……アウトドア的な事がしたいかなぁ」
「へー、キャンプとか? いいじゃん、楽しそう! 私も行く! いいでしょ?」
「そ、そりゃあ、もちろん。 でもいいの?」
「うん、山とか好きだし。あーでも虫とか無理かも」
「……」
そういう問題なんだろうか……。
まあ、ここはスルーで。
「あ、そうだ。エリナ『気まぐれエルフのスローライフ』って知ってる?」
「え⁉ ……あ、うん、まぁ」
「小さい頃にね、あの配信見てからずっと憧れてたんだー。旅をしながらのアウトドアライフっていいよねぇ~、エルフのミケルさんもカッコよく……」
あれ? 何かエリナの顔が曇っている。
どうしたんだろう……私、変なこと言ったのかな。
「エリナ?」
私が訊くと、エリナが呟くような声で答える。
「あ、うーん、あれ……、ウチのパパなんだ」
「えーっ⁉」
み、ミケルさんがパパ?
あ、あの異世界配信登録視聴者数ぶっちぎり一位のミケルさまが⁉
「う、羨ましすぎるっ!」
「そんなことないよ……」
どこか拗ねたような仕草でエリナは目を伏せた。
こ、これは、何やら気まずい雰囲気……。
「い、いや……ほら、その、有名人だし、あ! それよりこのクエストなんかどう?」
私は話を変えようと、咄嗟にメモを指差した。
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クエスト難度:E
山小屋で家畜の見張り
拘束時間:6時間
報酬:500J/h
依頼主:ギルド協会
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「見張り……?」
「これなら、キャンプみたいなものだし、難度も低くない?」
「一時間500Jかぁ……」とエリナ。
「こっちでいうと、どのくらい?」
「んー、最低時給くらいかなぁ。まぁでも最初だし、仕方な……」
エリナがそう言いかけた時、後から声が掛かった。
「駄目だ」
「「え?」」
雷堂さんは丸太のような腕を組み、「その難度を見てみろ、Eだろ? 最初のクエストはF以下しか受けれないんだ」と言った。
「え~、つまんない」
またもや、ぶーっと不満げに頬を膨らますエリナ。
咄嗟に顔を背ける雷堂さんの耳は真っ赤になっていた。
さては、副部長……惚れたな?
私はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつ、「まあ、仕方ないですよねー」と副部長を覗き込むように言った。
「オ、オホン! そ、そういう事だ。どっちにしろ、まだ研修も残ってるし、クエストには出せないからな。家でしっかりと進むべき方向性を考えてこい。それと、すまん、これを渡すのを忘れてた」
私は雷堂さんから、一通の白い封筒を渡された。
「あかりはモテるねぇ~」
エリナが茶化すと、慌てて雷堂さんが否定した。
「違う! そんなんじゃねぇぞ? それは冒険者アプリの藤沢用ダウンロードコードだ。有薗も貰っただろ? 忘れずにアカウントを開設しておけよ。それと測定結果も見られるようになってるから、それも忘れずに。詳しくは、明日の研修の時に説明するから、色々見て自分で触っとけ」
「はい、ありがとうございます」
封筒はしっかりとした紙質で、赤い封蝋が押されていた。
のわー、これが噂の冒険者アプリ! なんだか実感が湧いてきたな~。
「いっとくが、他人に見せるなよ? 見せるとしても自己責任だぞ? 特に、お前達みたいにぶっとんだ適正を持つ新人のステータスは、どこも欲しがる情報だからな」
「わ、わかりました!」
なるほど、個人情報ってやつか……。
私は封筒をカバンにしまった。
「じゃあ、また明日、よろしくお願いします」
「おっ願いしまーす」とエリナ。
「おう」
雷堂さんと他の部員の人たちに挨拶を済ませ、私達は部室を後にした。