第19話 二人の想い
次の瞬間――、私達はお城みたいな家の前に立っていた。
「これが……家?」
もうお城にしか見えない。
エリナの家も大きかったけど、これはそういうレベルじゃ……。
隣を見ると、エリナも驚いて口をぽかーんと開けている。
「さ、二人ともどうぞ」
カミラさんが森のような敷地に敷かれた石畳の通路を歩いていく。
私とエリナはその後に続いた。
ルイスはカミラさんにべったりで、私としてはちょっと複雑な心境だ。
黒い執事服を着た白髪交じりのダンディなおじさまが扉を開け、胸に手を当てて頭を下げた。扉脇に控えていたメイド達も、同じ様に頭を下げる。
「おかえりなさいませ、カミラさま、おやおや、可愛らしいお客様で。後ほどお部屋にお茶を運ばせます」
「よろしくね、さ、行きましょう」
「は、はい」
私とエリナは執事さん達にお辞儀をして、屋敷に入った。
「す、すごすぎる……」
「ヤバいね……」
足元の赤い絨毯は、歩くとまるで足がふわっと浮いているような感覚。
高い天井には美しい絵が描かれていて、中央から巨大なシャンデリアが下がっていた。
精巧な造りのオブジェや飾られた絵画、調度品からは、素人目にも触るのが躊躇われるような、一種の気迫のようなものが感じられる。
カミラさんにくっついて奥に進んでいくと、大きな扉の前に二人のメイドが立っていた。 メイドはこちらを見ると、丁寧に頭を下げて扉を開けた。
「ここが私の部屋ね」
「し、失礼します……」
私達が部屋に入ると、メイドさん達がそっと扉を閉めた。
「さ、掛けて」
大きなソファにカミラさんが腰を下ろすと、ルイスがぴょんっと膝の上に飛び乗り、丸くなって『あ~っふっ』と大きな欠伸をした。
私とエリナも恐る恐るソファの向かい側に座る。
「そうね、何から話せばいいかしら。あなた達のことは……いえ、ルイスの事で探索部から連絡があってね。卒業してからルイスに会ってなかったから、心配はしていたんだけど……、ほら、この子めったに出てこないから」
ルイスの背中を撫でながらクスッと笑った。
「あの、どうして私達のことがわかったんですか……?」
「探索部から連絡があった時、ルイスと契約した子達がこっちに来てるとも聞いて、じゃあ会ってみようかと思ったの。この子と私は繋がってるから、場所はすぐにわかったわ。まあ、来てそうそう、トラブルに巻き込まれてるとは思わなかったけど」
「す、すみません、お手数かけてしまって」
「そうねぇ、こっちは楽園のような感覚だといずれ痛い目を見るわよ。ちゃんと気を付けなきゃ」
「はい……」
私とエリナはがっくりと肩を落とした。
「それはそうと、七瀬は元気にしてる?」
「えっと……、どなたのことですか?」
「あら、会ってないの? あの子も相変わらずね」
「その七瀬さんって、イセタンの人なんですか?」
「ふふ、今の部長よ部長」
「え⁉ 部長⁉」
私はエリナと顔を見合わせる。
そういえばまだ会ってない。
雷堂さんがあまりにも貫禄があるせいか、副部長ってことを忘れていた……。
「まあいずれ会うでしょ。お茶が入ったわ」
カミラさんがそう言うと、静かに扉が開き「失礼いたします」と、メイドさんがお茶とケーキを持って入ってきた。
「うわぁ~!」
「や、やばい……!」
美しいカップにとてもいい香りの紅茶が。
アールグレイに似た香り……でもちょっと違うかな?
ケーキは赤い実が乗った白いショートケーキ。
ーーぐるるるる……。
「の、のわ! すみません!」
は、恥ずかしい! お腹が……。
エリナとカミラさんがクスクスと笑う。
「いいのよ、お腹空いたでしょ? 遠慮せずに食べて」
「は、はい! いただきます!」
エリナは赤い実をパクっと一口で食べた。
ちょ、そこから行くんだ……。
「んー! 甘酸っぱくて美味しい!」
ほっぺを押さえて、足をパタパタと揺らしている。
……私はスポンジの部分から食べよっと。
楽しみは後に取っておくタイプなのだ。
「ほほぉ~! これは美味! 甘すぎず、軽いふわっとしたクリームが……」
「ふふふ、ウチのパティシエも喜ぶわ」
パ、パティシエ……。
やっぱカミラさんの家って凄いんだ。
そりゃそうだよね、こんな立派なお家に住んでるんだし。
「それで二人は、これからどうするの?」
「あ、はい。当面、レベルを上げてー、バーキュベー渓谷に行けたらなぁーって思ってます」
エリナが答えた。
「そう、じゃあいつでも遊びにいらっしゃい。宿代わりに使ってくれて構わないわよ」
「いや、そんなご迷惑じゃ……」
私が言うと、カミラさんが口元を指さして「ふふ、ついてるわよ」と笑った。
「あ、す、すみません!」
のわわ、私子供みたいじゃん!
耳が熱い、たぶん顔が真っ赤になってる。
「部屋はいっぱい余ってるし、その代りと言っては何だけど……、この子を預からせて貰えないかなって。もちろん、ガイドは続けさせるから」
カミラさんがルイスの顎を触る。
ルイスは気持ちよさそうに顎を上げて目を細めていた。
そうだよね、ルイスもカミラさんと居たいだろうし……。
エリナも私を見ると、小さく頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……、またお邪魔させていただきます。ルイスも喜ぶと思います」
『ちゃんとガイドはしてやるからなー』
ルイスがカミラさんの膝の上から偉そうに言う。
「もう、この子は……ごめんなさい、ありがとうね」
「いえいえ、そのー、よろしくお願いします」
私とエリナは頭を下げた。
「あ、そうそう、学校に連絡しておいたから、そろそろ迎えがくると思うわ」
「え?」
その時、部屋の扉が開き、鬼神の如き覇気を纏った雷堂さんの姿が見えた。
「ひ、ひぃ~!」
「カミラ部長、失礼します!」
ずかずかと雷堂さんが入ってくる。
「私はもう部長じゃないわよ、カミラでいいわ」
「それは、すみません。カミラさん、この度はウチの部員がご迷惑をお掛けして……」
「もういいのよ、済んだこと。ちゃんと言い聞かせてあるから」
カミラさんはそう言って、紅茶に口を付けた。
「藤沢、有薗……」
「は、はいぃ!」
こ、殺されるーっ!
私とエリナは立ち上がり姿勢を正した。
「今回は本当に済まなかった!」
「へ?」
てっきり怒られると思っていたのだが、雷堂さんは私達に深く頭を下げた。
「ふ、副部長……?」
「俺の見通しが甘かった。二人なら原初の森くらい、危険がないと判断していた。ガイドも付けたから安心していたんだ。無理にパーティーを組ませても良かったんだが、まずは楽しむことも大事だと思ってな。今思えば、見当違いもいいとこだった……、せめて、勝手がわかるまでは、誰か同行させるべきだったと反省している。本当にすまない……」
「そ、そんな、悪いのは私達で……」
「そうね、あなた達が悪い」
カミラさんがカップをソーサーに静かに置き、
「それに、雷堂副部長、あなたはもっと悪い。ま、一番悪いのは七瀬ね」と微笑む。
「……反省します」
頭を下げる雷堂さんを見て、カミラさんは小さく頷き、
「今日はもう遅いわ。お開きにしましょう」と言った。
部屋の扉の近くまで行き、ルイスを抱いたカミラさんに別れの挨拶をする。
「カミラさん、お世話になりました。では、これで失礼致します」
私とエリナも雷堂さんと同じ様に頭を下げ、改めてお礼を言った。
「本当にありがとうございました! ケーキごちそうさまです!」
『ふ、二人とも……早く戻ってこいよ』
と言って、ルイスは背を向けたまま尻尾を振った。
「もう……素直じゃないんだから。ふふ、またいらっしゃいね」
「は、はい!」
***
帰り際、メイドさんに小さなお菓子のお土産まで貰ってしまった。
カミラさんには、本当に頭が上がらない……。
「ねぇ、あかり。ルイス、嬉しそうだったね」
「うん、でもちょっとだけ負けた感があるかも……」
「何それ?」とエリナが笑う。
私達は夕暮れに染まるレムリアの街を歩く。
昼にはなかった屋台の飲み屋や、小洒落たバーもあった。
そこら中から、楽しそうな笑い声が響いてきて、何だかこっちまで楽しくなってくる。
「今度は夜に来てみたいね!」
「うん、楽しそう! あ……」
私達は雷堂さんの顔色を伺う。
あんなことがあったばかりなのに、ついつい浮かれちゃってた……。
「あ、あの……副部長、ほんとにすみませんでした」
恐る恐る話しかけると、雷堂さんは優しく笑って、
「ん? その話はもういい。ほんと、無事で良かったよ」と答える。
「副部長……」
おぉ……でっかい、でっかい人だ……。
「だが、帰ったらミーティングだ。二人とも、覚悟しておけよ?」
そう言って、雷堂さんは仁王のような眼で私達を見た。
「は、はいぃ!」
それからしばらくの間、雷堂さんの後ろをエリナと並んで歩いていると、突然エリナが立ち止まった。
「あかり……、あのさ」
エリナは思い詰めたような顔で言葉を探しているようだった。
「どうしたの?」
「ごめんね、私、肝心な時に役に立たなくて……」
エリナがしょんぼりとした顔で呟くように言った。
「そ、そんなことないって!」
「でも、全然動けなくて……」
そうか、エリナはあの時のことを気にしてるんだ……。
「でもあの時、頑張ってエリナが魔法打ってくれたから、私達助かったんだよ?」
「……」
エリナは黙ったまま俯いている。
「私一人でも駄目だったし、エリナ一人でも駄目だったと思う……。だから、私は……、これからも一緒に……、二人で助け合いたいの!」
「あかり……」
「私はアウトドアライフがしたい! でも、それはエリナと一緒じゃなきゃ……。」
本心だった。
私はエリナと一緒に冒険したいし、旅をしたい。
自分の夢だったアウトドアライフも、今ではエリナと一緒に叶えたい夢に変わっていた。
気持ちをぶつけるのは怖いけど、エリナもそう思ってくれてると私は信じている。
「だ、駄目かな……?」
「ううん……、ありがと! 私もあかりと同じ気持ちだよ」
屋台から漏れるオレンジ色の光が、少し涙ぐんだエリナの笑顔を照らす。
もう何も言葉はいらなかった。
「ほ、ほら、早くいこ?」
私は手を差し出した。
エリナは「うん」と言って、私の手を握った。
「おーい、あんまり離れるなよー」
少し先で雷堂さんが待っている。
「はーい、今行きまーす」
これで第一章が完結です、ありがとうございました。