第18話 先輩
5/18 16話の二人がギルドに入った箇所から一部改稿しました。
17話の細かな表現などを修正しました。
「ふぅ……、ったく。アブねぇ。油断してたぜ」
ウォルフが起き上がり、シンが手を貸す。
「ああ、結構ダメージを喰らった。バーバラ、回復を頼む」
「ええ」
バーバラは両手をウォルフに向け、詠唱を始めた。
――聖なるイシス、我ら傷つき者に癒やしの加護を……ケアヒーリング!
青白い光がウォルフを包み、背中の傷がみるみるうちに塞がっていった。
ウォルフは「やれやれ」と肩を回し、「丁度良い、針を回収しよう」と立ち上がった。
辺りにはキラービーの死骸と、あかり達が横たわっている。
「……殺ったの?」
「いや、さすがに……俺もそこまで落ちちゃいねぇよ」
シンが吐き捨てるように言った。
「ちょっと、可哀想な気もしないでもないわね……」
バーバラがため息交じりに言うと、シンが「よせよせ」と手を振る。
「同情してる暇はない。今日中に納品しないと、俺たちが殺されちまうんだぞ?」
「え、ええ、そうね……」
三人がキラービーの針を回収していると、辺りに黒い霧が流れ込んできた。
「ん? なんだ?」
「変ね……ブラインは解除されてるはずだけど」
「お、おい、あれは何だ⁉」
ウォルフが手斧を構えた。
そこには、黒いゴシックドレスを纏った女が立っていた。
異様なまでに整った顔立ちは、どこか人形のようで青白い。
後ろで綺麗に編みこまれた髪は、瞳の色と同じ金と黒の二色に分かれていた。
女は森の奥から音もなくシン達に歩み寄る。
「ここで何を……?」
突然、耳元で囁かれたような声。
無表情でこちらを見据える瞳に、シンは背筋に冷たいものを感じた。
「魔人か⁉ いや、こんな森にいるわけが……」
女はゆっくりとシン達に近づく。
「もう一度だけ訊きましょう。ここで何を?」
女から只ならぬ気配を感じ取ったシンが叫んだ。
「バーバラ! ウォルフ! やるぞ!」
「お、おぉ!」
三人は逆三角形に散開し、距離を取った。
バーバラは後方に下がり攻撃魔法の詠唱を始める。
「よし、ウォルフ、いつもので行くぞ!」
剣を抜き、シンが女に斬りかかった。
その横からウォルフが手斧を振りかざし、女の死角から振り下ろす。
シン達にとって、幾多のモンスターを葬ってきた必勝の連携技だった。
「もらったぁーっ!」
「むんっ!」
――が、剣と手斧はむなしく空を斬り、地面に突き刺さる。
「な⁉」
「愚かね……」
女はそう呟くと、色違いの瞳をカッと見開く。
ふっと力が抜けたように、シンとウォルフが崩れ落ちた。
「シン! ウォルフ!」
詠唱を止めたバーバラが、何が起きたのかわからずに狼狽する。
「貴方は耐性があるようね……。命までは取らないわ、消えなさい!」
「ひ……、は、はいぃ!」
バーバラは慌てふためきながら、茂みの奥へ走り去った。
「さて……、ルイス! ルイース!」
女が声を上げると、あかりの身体の下からルイスがポンっと飛び出た。
『あーっ! カミラ! うわーんカミラだーっ!」
ルイスはカミラに飛びつき、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「ええい、暑苦しい! 離れなさい!」
『だってぇ……』
カミラはやれやれとルイスの頭を撫でた。
「この子たちと契約したのね?」
『う、うん……、だって待ってたのに、カミラが来ないから……』
「それは……悪かったわ。それより、あんたが付いててこの有様は何⁉」
『……ごめん』
しょんぼりするルイスを横目に、カミラはあかりとエリナに手を翳した。
――メ・ディアリー。
真っ白な癒やしの光が二人を包んだ。
***
「……」
「ん……あ、あれ?」
……私、どうしてたんだろ?
気づくと隣のエリナと目が合った。
「エリナ……」
「あかり! あれ? どうなっちゃったの……?」
周りを見るとそこら中に、黒く焦げたキラービーの死骸が転がっていた。
「う、うわぁ……」
エリナが嫌そうに顔を顰める。
ふと、振り返ると、見知らぬ綺麗な女の人が立っていた。
「え⁉」
しかも、横にはルイスも……。
「ちょ、ルイス?」
「目が覚めた? 私はカミラ。ごめんなさいね、この子、もう少し役に立つと思ったんだけど……」
ルイスはくるっと背中を向けて身体を丸めた。
「カミラさんって、あの……」
確か雷堂さんが言っていた、先々代の部長さん?
「ふふ、大丈夫よ、敵じゃないわ」
横たわるシンとウォルフをちらっと見た後、
「一応、あなた達の先輩になるのかしら」と微笑んだ。
慌てて私とエリナは頭を下げた。
「あ、ど、どうも……藤沢明里といいます」
「お、お疲れさまです……私は、有薗エリナです」
「そんなに固くならないで。もう大丈夫だから」
カミラさんが指を鳴らすと、どこからともなく黒い影が現れて、シンとウォルフを連れ去った。
「え……?」
突然の事で思わず声が漏れた。エリナも隣で驚いている。
パンッと手を叩いたカミラさんが、
「はい、これでもうおしまい。駄目よ? 変なのにホイホイ付いてくなんて」と言った。
「す、すみません……」
「でも、ありがとう。この子を見つけてくれて」
カミラさんは優しくルイスを撫でる。
その金色と黒色の美しい髪は、ルイスの毛の色と同じだった。
召喚者の特徴も、何か関係あるのかも知れないと私は思った。
「い、いえ……私は何も」
ふと、カミラさんが、私とエリナを覗き込むように見た。
「ふーん、二人とも良いものを持ってるわね?」
「いえ、そんな……」
「まだレベル2ですし」と、エリナも答える。
「あら、私は『鑑定』スキルを持ってるから嘘じゃないわよ? だから、そんなに焦らなくても大丈夫。ね?」
「は、はい!」
優しく包み込むような言葉に、私は思わず胸が熱くなる。
エリナの顔を見ると、私と同じことを思っているのがわかった。
「さ、いつまでもこんなところにいても仕方ないわ。私の家にいらっしゃい」
「え? いいんですか?」
「ふふ……、少しは、先輩らしいところを見せておかないとね?」
そう言って、カミラさんがパチンと指を鳴らした。