第16話 異世界の街
「うわー!」
「すごい……」
目の前には大きくて立派な門が開き、その両脇に兵士が立つ。
門を起点に白っぽい煉瓦の壁が、ずっと遠くまで続いていた。
『ここがレムリアだよ』
ルイスは私の肩に掴まったままだ。
「さあ、お嬢さん方身分証は持ってるかな?」
兵士の一人が歩み出て、私とエリナを見下ろしながら尋ねてきた。
見上げる程の大男だが、不思議と怖くはない。
「はい、これを」
私とエリナはビギナーズカードを見せた。
「では、確認を」
兵士は腰のホルダーから端末を取り出し、カードを読んだ。
――ピピピ。
――ピピピ。
二枚分読み込み、兵士は端末の画面を確認する。
「問題なし、と……。じゃあこれカードをお返しします」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
カードを受け取ると、二人の大きな兵士が目線を落とし胸に手を当てた。
「ようこそ、レムリアへ。私達は皆さんを歓迎します」
ああ! これよこれ!
やっと来たんだわ~っ!
目の前に広がる、異世界の街――。
荷車を引く双頭の巨大な鳥、白いターバンを巻いた、二メートルくらいの鼠のような種族の露店、蛇顔の女性、重厚な鎧を纏った騎士、黒いローブから怪しげな灰色の皮膚が覗く魔術師、手紙がいっぱいに詰まった、黒いショルダーバックを首にかけたペリカンのような鳥人配達員、様々な人が行き交い、それはもう、今まで見たこともないような光景だった。
「うわー、すごい人」
エリナも驚いた顔で周りを見ている。
「ど、どうする? エリナ……」
私は初めて上京した時と同じ、いやそれ以上に緊張していた。
「何? あかり、もしかして緊張してるの?」
「え⁉ あ、いや、うん、まぁ……」
「ふふ、可愛い。よし、こういう時にガイドって役に立つんでしょ?」
エリナが私の肩に乗っているルイスに向かって言った。
『わかったよ、これも契約だからね。じゃあ、簡単に説明しておくよ。街の中央に大きな石像が見えるよね?』
「あ、あれね」
「うん、見えるよ」
街の建物よりも大きくて白い女神像が見えた。
『あれがこの街の守り神のイリスを祀った石像、あの石像を中心に、この街はニつのエリアに別れてるんだ』
ルイスは、すぅ~っと浮かんで、
『いいかい、石像から奥が住居区、手前が商業区だ、簡単簡単~』と空中で小さく旋回した。
「なるほど、じゃあこの辺りから適当に回ればいいわけね?」
『うん、じゃあ僕が順に案内するよ。ついてきてー』
ルイスの後に続き、街の中を歩く。
「意外と綺麗なのね、ゴミが落ちてない」
「石畳の道ってなんか良くない?」
「うん、建物も明るい色が多いし、なんかイメージと違うなぁ」
「私も、もっと暗いイメージだったな」
『はーい、この辺に酒場とか料理屋、宿屋なんかが集まってるよ』
ルイスが指差したあと、私の頭の上に乗る、重さはない。
そのまま、道なりに歩いていく。
ゆるーくカーブになった石畳の道、両側からカラフルな建物が向かい合っていた。
パステルっぽいオレンジや、イエロー、水色、エメラルドグリーンが目に飛び込んでくる。
「派手だね」
「うん、でも港街みたいでいいよね」
エリナがうんうんと頷いた。
「泊まってみたいよね、いくらするんだろう?」
「ねぇ、料金とかどうなってるの?」
私は頭の上のルイスに尋ねた。
『魔石を出せば、向こうが必要な分を割ってくれるよ』
「へぇ~、あとで魔石も調達しないとね」
「だねー」
『はいはーい、じゃ次はこっちだよ』
ルイスに言われ、私達はちょうど街の真ん中辺りのエリアに向かう。
「やっぱ色んな種族の人がいるね」
「うん」
キャッキャと声を上げながら、狭い路地を駆け抜けていく獣人の子供たち。
雑貨店の主人が優しい笑顔を向けている。
異世界といえど、子供が愛されるのは変わらないのだなと私は思った。
『ここ一帯に道具屋とか武器屋、ギルドなんかの行政機関があるよ』
「へぇー、ギルドって何をするのかしら?」
「雷堂さんが、クエストがあるって言ってたけど……」
「ちょっと覗いてみる?」
「うん」
お店が並ぶ通りを進み、一際大きな建物が見えた。
大きな扉は開放されていて、たくさんの人が出入りしている。
『ここがギルドだよ』
「おぉ~! さすがにおっきいね」
「なんか緊張する……」
「大丈夫大丈夫、さ、行くわよ」
エリナは臆することなく、ギルドに入った。
私も慌てて中に入る。
中はワックスのような匂いがした。
木造の建物は時代を感じさせたが、綺麗に磨かれていて建物全体が、高価なアンティークのようだった。
「うぉ~、この雰囲気、たまらん」
「へぇー、意外とお洒落な感じねー」
『そうだ』
ルイスが毛の隙間から銀色の懐中時計を出して、パカっと開けた。
そして、私達に時計を向けて、
『二人は時間大丈夫なのか?』と尋ねる。
そ、そんなの持ってるんだ……。
「あ、やば……。あと2時間くらい?」
「うん、意外と時間過ぎてたね」
「今日は見るだけにしとく?」
「だね、レベル上げは次にしよっか」
ルイスが縞模様の境目の部分に懐中時計をしまいながら、
『昔、カミラもぶつぶつ言ってたなぁ……』と呟いた。
「えっと、先々代の部長さん、だっけ?」
『僕はよくわからないけど、そんな風にも呼ばれてたと思うよ』
「ふーん」
やっぱ時間が問題だよね。
卒業するまでは、我慢かな……。
「ねぇねぇ、あかり、これ見て」
エリナが壁の貼り紙を指差した。
「おすすめ?」
「なんか、時期によって旬のモンスターみたいなのがあるみたいよ」
「ほんとだ……」
レムリアは季節が三回変わるらしい。
その季節ごとに増えるモンスターが決まっていて、魔石も旬のものだと大きくなると書いてある。
『楽園で言うところの『春』『夏』『秋』が続くんだ』
ルイスがガイドらしく、横から説明をしてくれた。
「へぇー、なるほど」
「ねぇ、時間もあれだし、武器屋とか覗いてみない?」
「そうだね、パパっと見ちゃおうか」
私達がギルドを出ようとしたその時ーー。
「あれ、夜猫じゃない?」
「ほんとだ、珍しいね」
壁際に居た数人の冒険者がルイスを指差して話している。
「ルイス、有名人?」と、エリナが訊くと、ルイスが得意気に答えた。
『僕たち夜猫族はめったに人前に出ないからね』
「ふぅ~ん」
男の冒険者が近くに来て、
「やあ、えっと楽園から?」と話しかけてきた。
「あ、はい。今日初めて来たんです」
私がそう答えると、男は微笑み手を差し出した。
「それはそれは、ようこそ。俺は冒険者をやってるシンだ。よろしくな」
「あ、どうも……」
「よろしくー」
私とエリナはシンと握手を交わす。
「その夜猫、もしかしてガイド?」
「はい、そうです。ルイスといいます」
シンは「へぇ~」と珍しそうにルイスを見た。
「そうだ、仲間を紹介するよ、おーい」
シンに呼ばれ、二人の冒険者が来た。
すごく大きな狼の獣人と、ローブを纏った綺麗な赤髪の女性だ。
「こっちの大きいのがウォルフ。こっちはバーバラだ」
「よろしくな」
「ふふ、よろしくね」
「私はエリナ、彼女はあかりよ。この子はガイドのルイス」
「よろしくです」
私はシン達にペコリと頭を下げた。
「そうだ、ちょっと話していかない?」
「あ、でも私達時間があまりなくて……」
「大丈夫、そんなに時間は取らせないからさ。ね?」
シンはすぐ脇にあるテーブル席を見た。
「ほら、そうやってる間に時間が過ぎちゃうわよ?」
バーバーラがふふっと笑った。
「どうするエリナ……」
「まあ、武器屋は今度でもいいんじゃない?」
「そ、そうだよね。じゃあ、少しだけ……」