第15話 契約
「ま、魔石ですか……」
うぅむ、別に魔石でもいいんだけど、向こうで買い物したい時に困るかも。
「どのくらい欲しいとかあります?」
『ぜーんぶ』
「ぐ……」
流石に全部はないだろ!
私は叫びそうになったのを、ぐっと堪える。
すると、「生意気ね、この猫」と、エリナが横から口を挟んだ。
『なんだとー! もうガイドなんてしないからな!』
夜猫は空中でぷんぷんと毛を逆立てながら怒っている。
「ふん! 結構よ! あかり、いいわよガイドなんて。行こ行こ」
「ちょ、エリナ……」
雷堂さんに助けを求めるが、あちゃーという顔で頭を掻いているだけだ。
『お、おいっ! いいのか⁉ ガイドしないぞー! 困るだろー!』
夜猫がエリナの周りをくるくると旋回する。
おや……?
これは、もしかしてあまり押さない方がいいのかも?
ちょっと試してみよう。
「そ、そーだね、ガイドとかもういいやー」
わざとらしく声を上げて、私がエリナと部屋を出ようとすると、夜猫は急に慌てた様子で、私達の前に回り込んできた。
『わ、わかったよ! ガイドしてやってもいいぞ、その代り魔石はもらうからな!』
私はエリナと相談し、まだイケると踏んだ。
「あ、もういいです。じゃあ、また」
再び部屋を出る振りを見せると、夜猫が慌てて私の足に抱きついてきた。
『うわーん! 待ってよぉ~! 退屈なのは嫌だよぉ~!』
カミラ部長に召喚された夜猫は、長い間一人で退屈していたのだろう。私の持つ『漆黒の花嫁』に引き寄せられなかったら、まだずっと、ここに居たのかも知れない。カミラ部長も置いてくなんて……酷い話だ。
私とエリナは顔を見合わせて頷く。
「じゃあ、ガイドしてくれるのね?」
『う……うん』
夜猫は観念したように小さく頷いた。
「ま、まあいいだろう決まりだ。じゃあ契約を済ませておこう」
雷堂さんが一枚の羊皮紙を取り出す。
「ここに、藤沢と有薗の名前を書いて、あとここに夜猫の手形を押して完成だ。この契約さえ交わしておけば、互いの場所がわかるから便利だぞ」
「へぇーすごい」
それぞれサインを済ませ、夜猫に手形を押して貰う。
これで契約が成立した。
羊皮紙をくるくると丸めて紐で結び、雷堂さんが「あとで部の保管庫に入れておくから」と言った。
「ガイドって、結局何をするんですか?」
私が雷堂さんに尋ねると、夜猫が口を挟んだ。
『道案内くらいはできるけど、契約上は、二人に何かあった場合に、助けを呼ぶのがガイドの役割だよー』
ふわふわと浮かびながら、夜猫は得意顔で説明をする。
「ほんと?」
エリナが確認するように雷堂さんを見た。
「ああ、大体そういうことだな」
「なるほど、じゃあよろしくね。えーと、名前どうする?」
「そうね、ミケは?」
「ちょ、ありきたりすぎない?」
エリナと相談していると、夜猫が口を開く。
『僕はルイス=ジャという名前をカミラにもらったんだぞ』
「へぇ、じゃあルイスって呼ぶわね」
ルイスが嬉しそうにシシシと笑い、
『じゃ、向こうでね』と言って、パッと跡形もなく消えてしまった。
「え?」
「消えちゃった……」
「安心しろ、向こうに着いたら出てくるさ。じゃ、行くか?」
「はーい」
私達は部屋を出て、異世界への扉に向かった。
***
私とエリナは、異世界へ繋がる入り口の前に立つ。
見るのは二回目だけど、そんな凄い扉には見えなかった。
先にエリナから、ビギナーズカードをカードリーダーに通す。
――ピッ。
次に私も同じ様にカードを通した。
――ピッ。
後ろで見ていた雷堂さんから声が掛かった。
「二人とも、気をつけろよ。そうだ、レムリアに着いたら一度、街を見てみるといい。楽しいぞ」
雷堂さんが優しく笑った。
「はい、じゃあ行ってきます!」
エリナが扉を開ける。
眩い光に包まれ、目を開けると草原が広がっていた。
「うわーっ! きたきたー! ひゃっほー!」
エリナが草原を走り出した。
風にそよぐ一面の緑に、真っ白な制服の美少女。
映画研究部の人が見たら、すぐにでもカメラを回すんじゃないだろうか?
私から見ても、それくらい絵になっていた。
「ちょ、ちょっと、エリナー! 待ってよー!」
私はエリナを追いかける。
暖かい日差しに温まった、土の匂いがした。
田舎道が緩やかなカーブを描きながら、ずっと向こうまで続いている。
その道の先に、レムリアと思われる街の影が小さく見えた。
なんか長閑で、村を思い出すなぁ。
「気持ちいぃー!」
エリナが草原の上に、ゴロンと仰向けになって寝そべった。
「はぁ、はぁ……、エリナ早いってば……」
「あかりも横になれば? 気持ちいいよー!」
次の瞬間、気持ちよさそうに背伸びをするエリナの顔の上に、ルイスがぼふっと乗った。
「ル、ルイス! あんたどこからっ!」
『やあ、遅いよふたりとも』
「ちょっとルイス!」
エリナが起き上がり捕まえようとするが、手はルイスを通り抜け空を切った。
「あ、あれ?」
『シシシ……』
ルイスはちょうど手の届かないくらいまで浮き上がり、口を抑えて笑っている。
「ま、まあまあ、落ち着いて……」とエリナを宥め、「どうする? 先に街へ行ってみる?」と訊いた。
「それな! そうしよーっと。何か美味しいものあるかなぁ~」
機嫌を直したエリナが鼻歌交じりに、お尻をパンパンと払う。
「何があるんだろう、楽しみだね~。あ、ルイス、街は詳しいの?」
『シシシ……庭みたいなもんさ。ま。付いてきなって!』
「ほんとかしら……」
「たぶん……」
くるんと空中で一回転すると、ルイスはスィ~っと泳ぐように進み始めた。