第14話 ガイド
――次の日の放課後。
「ふわぁー、やっと終わった……」
隣の席でエリナが机にべたーっと倒れ込んだ。
「今日はなんか長く感じたね」
「うん……」
一瞬の沈黙の後、エリナがガバっと起き上がって、
「さ! あかり、行こう!」と急に私の手を取る。
「あ、うん!」
私は慌ててスクールバッグを掴み、エリナに引かれながら異世界探索部の部室に向かった。
「昨日、遅くなったけど怒られなかった?」
「あー、うん。寮母さん、いい人だし、門限も連絡さえすれば大丈夫なの」
「へー、いいじゃん」
「それに、オムライス美味しかったなぁ~」
昨日の夜に食べたタエさんのオムライス……。
ふんわりしてたけど、卵はしっかり焼けてて、中のケチャップライスもご飯が少し固めで最高だったな~。また頼んじゃおっと。
「いいなぁー、私も食べたいー」
「へへへ、あ! 寮母さんに聞いてみようか?」
「え⁉ うん! マジでお願い!」
「おっけー」
部室に着き、更衣室に入ると数人の上級生達が着替えていた。
「でさー、サキュパスに全部盗られたんだって」
「うそ! ちょっとイメージ崩れるな~」
私とエリナは、「おはようございます」と挨拶をした。
「おはよー」
「あれ、新入生? おはよー」
「よろしくねー」
上級生達は気さくな感じで、私はホッとしながらエリナと奥のロッカーに向かった。
「ねーエリナ、先輩たち、優しそうでよかったね」
小声でエリナに言うと、
「大丈夫よ、もし何か言ってきたら、ありったけ打ち込んでやるわ」と、弓を構えるポーズをとって、冗談っぽく笑った。
装備に着替え終わり、二人で一旦ミーティングルームに入った。
「さて、バーキュベー渓谷を目指すんだから、さっさとレベル上げないとね」
エリナが帽子を指でくるくると回しながら言う。
「うん、やっぱ原初の森で、コツコツやるのがいいんじゃない?」
「えー、一気にパーッとあげたいよぉ」
その時、ミーティングルームの扉が開き、雷堂さんが入ってきた。
「おーっす、やってるな。どうだ? 決まったか?」
向かいの席に座り、持っていたファイルを机の上に置く。
「えっと、私達『バーキュベー渓谷』を最初の目標にします」
「ほぅ、突拍子もないことを言うかと思ったが、意外と堅実だな?」
「でしょー、でしょー、ほら、私のプランは完璧なのよ」
エリナはそう言って、得意気に笑う。
「となると、レベルだな。原初の森で上げるつもりか?」
「はい、あまり無理しない方がいいですよね?」
私がそう答えると、雷堂さんは少し考えたあと、「ま、レベル5くらいまではその方がいいな。何だったら安倍のパーティに入ってもいいんだぞ?」と訊いてきた。
エリナを見ると、小さく首を振っている。
「あ、それはまた……今度にします」
「二人で行くとなると、ガイドが必要だな。まだ余ってたっけか……?」
「ガイドってなんですか?」
「そうかそうか、まだ言ってなかったな。ウチの部で召喚した使い魔とか調伏したモンスターのことだ。慣れるまで新人に貸し出してる、便利だぞ」
「へぇ~、そんなのあるんだ」
エリナは興味を持ったようだ。
「ちょっと見てみるか?」
「はい!」
雷堂さんに着いていくと、二重に鍵のかかった鉄扉があった。
何やら物々しい雰囲気が漂っている。
「大丈夫なのかな……」
「ん? まあ、念の為だ。問題ない」
ギギギ……と音を立てながら雷堂さんが扉を押し開ける。
中は明るくすっきりとした部屋だった。
両側の壁に棚が並んでいて、御札を貼ったカプセルのようなものが、ずらっと並んでいる。正面にもう一つ扉が見えた。
「ここに、並んでいるのが貸出中の分だな、奥に余ってるのがあればいいんだが……」
雷堂さんが鍵を開けている間、棚のカプセルを見る。
貼り紙には、『二年 田中』とか『三年 西島』とか書いてある。
借りた人の名前なのかな?
「ほら、こっちだぞ」
「あ、はい」
奥は薄暗くて、広かった。
部屋の中央にキャットタワーのようなものが立っていて、壁際には小さな檻と大きな檻が並んでいる。
「何か、猫カフェみたいだね」
「うん……」
生き物はいないような気がするけど……。
「うーん、最近だれも召喚したりしてなかったからな」
雷堂さんがキョロキョロと辺りを見ながら言う。
――と、その時、首筋に何かが触れた。
「ひっ⁉」
見るとエリナが猫じゃらしを持って笑っていた。
「もー、びっくりしたー」
「あははは、こんなのもあるなんて、ますます猫カフェみたい」
無邪気に笑うエリナに、「ほんと悪戯好きなんだから……」と嬉しいような照れくさいような、くすぐったい気持ちになりながら、私は部屋の中を見て回った。
すると、足元に何かがシャッと横切ったような気が。
「?」
何だろう、気のせいかな……。
辺りを見ても、私達以外に誰もいなかった。
少しの間、皆で部屋を探したあと、雷堂さんが肩を竦めて、ため息混じりに言う。
「だめだな、今度また調達担当に言っとくわ。悪いな」
「いえいえ、大丈夫です」
「ちぇー、残念」
そして、外に出ようとした時、私の足に何かふわっとしたものが纏わりつく。
「ひゃっ⁉」
「どうした?」
「いま、何か足に……」
「ん? 何もいないけど?」
エリナが私の足を見る。
何だったんだろう? ちょっと怖い……。
「さ、戻ろう」
「あ、はい……すみません」
奥の部屋を出て、カプセルが並ぶ部屋に行くと、
「ちょっと! あかり⁉ 何その猫⁉」
「え……⁉」
エリナが私の頭を見て驚いている。
「ね、猫?」
慌てて頭を触るけど、何もない。
「ほぅ、こりゃ夜猫だな。珍しいぞ、こんなのいたかな?」
「え、今、いるんですか……」
「頭の上に乗ってるよ。可愛い~! 金と黒のシマシマでモフモフ~」
エリナが「よしよし、猫たん元気ー」と私の頭を撫でる。
「あ、あのー」
「あれ? 副部長、この子触れないの?」
「ああ、夜猫は気まぐれでな、懐かないと触らせて貰えないんだ。でも魔力も高いし、頭もいいぞ」
「へぇ~」
感心したように頷くエリナ。
「ちょ、ちょっと、私も見たいです……」
雷堂さんは腕組みをしたまま、
「しかし、何で藤沢に……。おぉ! そうか、確か……『漆黒の花嫁』が発現してたよな? こいつは闇属性だし、たぶんそれで出てきたんだな」
言われてみれば、何か懐きやすいみたいな説明があったような……。
「となると、ガイドはこの夜猫でいいんじゃないか?」
「で、できるんですか?」
「藤沢、話しかけてガイドを頼んでみろ。自分で召喚してないから、夜猫が気に入ってくれれば契約できるぞ」
「わかりました、やってみます」
ほんとに大丈夫なんだろうか?
私は半信半疑で声を掛けてみた。
「あ、あのー、とりあえず降りてもらってもいいですか?」
もっふりとした毛足の長い猫が私の前にシュッと飛び降りた。
「うわ、かわいい……これが夜猫?」
夜猫は私達をジロッと見て、ふわっと宙に浮いて丸くなった。
「おぉ!」
そして、ふわふわと空中を漂いながら大きなあくびをする。
『……、お前、いい匂いがするなぁ』
「そ、それはどうも……」
雷堂さんが、「早く言え」と私に目で合図する。
「あ、あの、良かったらガイドになってもらえないかなーなんて、ははは」
『んー、どうしよっかな。まあ、退屈だし……ところでカミラはどこ?』
「カミラ?」
すると雷堂さんが驚いた顔で、
「カミラって、カミラ部長のことか?」と声を上げた。
「部長? そういえば部長さんってまだお会いしてないですよね?」
「あ、いや、先々代の部長のことだ。確か、エルジェーベト・カミラ、由緒ある吸血鬼の直系で入学式の時は報道陣も来てたらしいぞ。今は卒業して向こうに帰ったらしいが……」
『えー! カミラ帰っちゃったの? なんだよ~』
そう言った後、夜猫はくるっと空中で一回転をして、ムスッと不機嫌そうに尻尾を揺らした。
「カミラ部長が召喚したのなら、並の夜猫じゃねぇぞ。何としてもガイドになってもらえ」と雷堂さんが私の耳元で囁く。
「は、はい」
私は頷き、「あのー、ガイドの件なのですが、どうでしょう?」と様子を伺いながら訊いてみた。
『まぁ、いいけど……、何くれる?』
「何か欲しいものとか……ありますか?」
夜猫は空中を漂いながら、ウシシシと笑う。
『そうだなぁ……魔石くれるなら考えてもいいよ?』




