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第13話 目標とオムライス

 途中、商店街でお菓子を調達し、肉屋のほくほくミニコロッケに舌鼓を打つ。

「ほほぉ~、これは美味。エリナの分も買っていこ」

 買い物を済ませて電車に乗り込むと、私を中心にコロッケの匂いが……。

 まずい……。

 近くのサラリーマンの男性が、匂いの発生源を探るようにキョロキョロと辺りを見回している。

 ご、ごめんなさい……。

 私は逃げるように電車を降り、エリナ宅へ急いだ。


「やっぱ大きいな~」

 御影石みたいな壁の前で、端末からエリナにメッセージを送った。

 すると、ヒュンッと入り口が開き、エリナが「おそいよ~」と眉根を寄せる。

「ご、ごめんねー、お待たせ。お土産もあるから」

 買い物袋を見せると、エリナが「やった!」と拳を握った。



 エリナの部屋に入り、私は戦利品をテーブルに広げる。

「さ、早く食べよー」

 早速、エリナは袋からコロッケを取り出して、はむっと齧り付いた。

「う、うまっ‼」

「でしょ?」

 目を細め、もぐもぐと味わいながら、恍惚とした表情を浮かべるエリナを見て、私はうんうんと頷く。

「私も食~べよっと。ん~、ばかうまだよねぇ~」

 はぁ……、このサイズの小ささが罪悪感を消すんだよ……。


「ねぇ、あかりはアウトドアって言ってるけどさ、それならレベル上げる必要なくない? それこそ、原初の森でキャンプとか?」


 私はティッシュで口を拭い、持参した烏龍茶を二口ばかし飲んだ。

「エリナ? そもそも原初の森でキャンプする程度なら富士山昇るわって話なのよ、わかってる? こっちの世界でさえ、世界遺産や名所がゴロゴロあるってのに、なんでわざわざ異世界なのかってことなんだけどさ。異世界にはこっちの常識じゃ、絶対ありえないような場所がたくさんあるでしょ? 旅もしたいし、街でショッピングもしたいし、ダンジョンにも挑戦したいし、魔王城とかは怖くて無理だけど……、とにかく! 色んな所に行って、色んなものを見たいの、それが真のアウトドアラ……」

 ぽかーんと口を開けるエリナを見て、ハッと我に返る。


「ま、まあ、そのー、色々見たいってことかな。あはは……」

 や、やばい、取り乱してしまった。

 変な奴って思われてたらどうしよう……。


「……そっか、よしっ! なら、レベル上げないとねっ!」

 エリナは私の両手を取ると、ぎゅっと握りしめる。


「えっ⁉ ちょ……」

 そして、私を碧色の瞳で真っ直ぐに見つめて頷いた。


 うわぁすごく綺麗な色……。おっと、危ない危ない。

 私は、「あ、う、うん! そうだね」と慌てて返事をした。


 突然のことで少し緊張したけど、エリナの方はいたって普通な様子。

 と、友達なんだもん、きっと、これくらいは普通なのかな……?

 私もあまり意識しないようにしなきゃ。


「あ、でも、エリナはどうしたいの? 無理してない?」

「私は特にやりたいこともないし……、けど、あかりと旅ができるなら楽しそうかなーって。もし、何かやりたくなったら……その時は、ちゃんと言うし」

「エリナ……」

 こんな私とでも楽しそうって言ってくれる友達ができるなんて。

 うぅ、ちょっと感動してしまった。


「これ、食べていいよ……」

 私は最後に食べようと思っていた、とっておきのミニエクレアを、そっと差し出した。

「えっ⁉ いいの⁉」

「……うん」と、私は静かに頷く。

「じゃ、じゃあ、何か悪いから半分こしよ? はい」

 エリナは、ミニエクレアを半分に割って渡してくれた。


 二人でエクレアを頬張りながら、本格的にミーティングを始める。

「だからさー、たぶん10とかすぐ越えられると思うんだよねー」

 エリナは自信たっぷりに言う。

「でも、万が一もあるし……」

「大丈夫だって、あの時フレイムアローを連射してもMP全然余裕だったし」

「うん……」

 確かに、エリナの攻撃魔法は強力だ。

 でも、異世界だし、急に強いモンスターが出てくるかも知れない。

 油断は禁物だと思うんだけど……。


「だからさ、手っ取り早くレベル上げちゃってー、ここに行ってみようよ」

 エリナは端末の画面を見せた。

 画面には、綺麗な山の風景の写真に、バーキュベー渓谷と書かれている。


「バーキュベー渓谷?」

「そう! レムリアを越えてすぐのところにあるんだって」

「ふーん、でも何か……普通っぽくない?」

 普通の山なら特に頑張って行くのもなぁと思っていると、エリナがふふふと不敵な笑みを浮かべた。


「この渓谷の魚、なんと、焼き肉の味がするそうですっ!」

 そう言って、エリナが力強く親指を立てた。

「え? 焼き肉の……?」

 魚で焼き肉、一体どんな味が? いや、焼き肉の味なのか……。

 うーん興味深い。食感が気になるわね。


「ね? 気になるでしょ? 食べてみたいよね? ね?」

 と、目を輝かせながら私を見る。

 エリナって、意外とくいしんぼうなんだな……。

 でも、確かに……何か目標があった方がいいかも。

「うん、食べたい!」

「よっしゃ、決まりっ! 第一目標はレベルを11まで上げて、バーキュベー渓谷にいっくぞーっ!」

「おーっ!」

 私はエリナと二人で、拳を天に突き上げた――。



 ミーティングが終わり、エリナの家から駅に向かって歩く。

 外は薄暗くなったばかりなのか、街灯の光はまだ馴染んでいなかった。

 駅に着き改札を抜けて、ホームのベンチに腰を下ろした。

 次の電車が来るまで時間があったので、タエさんに『帰ります』とメッセージを送ってみた。

 誰かに帰宅を知らせるなんて、何となくこそばゆい感じがする……。


 ――すぐに返事が届く。

『何か食べたいものはありますか? タエ』


 うわー、そうだ! リクエストしてみようかな。

『オムライスとかできますか?』

『できますよ、ソースはケチャップか、デミグラスか好きな方を教えてくれる? 卵はとろっとしたのが好き? それともしっかり焼いた方がいいのかしら? タエ』

 個人的に、とろっとしたオムライスはオムライスじゃないと思っている。

 そして、デミグラスは邪道、かけるのはケチャップしか認めない。

『ケチャップで、しっかり焼いてください』

『はい、じゃあ帰り道、気をつけてね。 タエ』

『わーい、楽しみです。ありがとう』


 タエさんに返事を送って、私はホームで電車を待つ。

 こんなにも電車が待ち遠しいのは、初めてかも知れない。


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