第12話 学生寮
「じゃあ、一度寮に荷物置いてからエリナの家にいくね」
「うん、おっけー。じゃ、あとで」
私はエリナに手を振り、学校の寮へ向かった。
寮は学校からわずか一駅。
改札を出ると、小さな商店街がある。
そういえばバタバタしてて、ゆっくり見てなかった。
ちょっと覗いてみよっかな。
「へぇ、意外に便利そう」
商店街は、小さいながらも100円SHOP、八百屋、スーパー、本屋さんなどが並んでいて、人通りも多かった。
これなら生活に困ることはなさそうだ。
私は順にお店を覗きつつ、商店街を抜けて静かな住宅街に出ると、白くて低い壁に囲まれた寮に着いた。
壁には『異世界専門学校生徒寮』と表札が掛けられている。
「戻りました……」
恐る恐る中へ入ると、奥から割烹着を着た寮母さんが、ひょこっと顔を覗かせた。
寮母さんとは、最初に少し挨拶しただけで話せていない。
見た感じ優しそうだけど、どんな人なんだろう……。
「あら、明里ちゃん、おかえり~」
「あ、ど、どうもです……」
私は頭をさげた。うーん、緊張する。
こういう場合は「ただいま」なのか、それとも「戻りました」だろうか?
「いや~ねぇ、そんな堅苦しくしないで、お互い気楽にいきましょ?」
そう言って、寮母さんが微笑む。
「あ、はいっ! へへへ……」
良かったぁ~、とっても優しそう。
思わず肩の力が緩んだ。
ほっとしながら自分の靴を揃えて下駄箱にしまっていると、寮母さんが言う。
「明里ちゃん、寮の説明だけいいかしら?」
あ、そうだ。そういえば、引っ越ししてすぐ入学式だったし、そのままエリナの家に泊まったから細かい説明を聞いてなかった。
「はい、お願いします」
寮母さんは、「じゃあ、こっちからね」と案内を始めた。
「年々、寮を使う子が減ってねぇ~、昔は大勢いたんだけど、最近はすっかり寂しくなっちゃって……」
「そうなんですか……」
入学生は例年よりも多いって聞いてたけど、みんな一人暮らしなのかな?
古い木板の廊下を歩くと僅かに「ギッ」と軋む音が響く。
漆喰の壁には、大きなコルクボードが掛けられていて、ごみの日のカレンダーや連絡事項なんかが画鋲で止められている。
どこか懐かしい匂い……。
それに、すごくあったかい感じがするなぁ。
「明里ちゃん、ここが食堂。食事は朝と夜に用意してるけど、基本的には自由だから」
「あ、はい、わかりました」
広いリビングキッチンみたいな食堂には、小さな木のテーブルが並んでいて『食べ終わったら洗うこと』とか『おかわり自由』と手書きで書かれた紙が貼られている。
「まぁ、今は生徒さんが少ないから、食べたいものがあったら遠慮なく言ってね」
「いいんですかっ?」
「いいのよ~、おばさんもリクエストがあった方が張り合いがあるわ。じゃ、次はお風呂ね」
「はーい」
食堂を出て廊下を左に進むと、大きな『ゆ』の文字が目に入った。
その大きな暖簾をくぐって中へ。
「今、男の子がいないから使い放題よ~」と寮母さんが笑う。
「ひ、広い……」
ゆったりとした脱衣スペースに、鏡付きの洗面台と椅子が四つも並んでいて、右手奥には擦りガラスの入った木枠の扉が見えた。
おばちゃんが、扉をガラガラっと開けると、銭湯くらい広いお風呂が!
「うわ~! すごい!」
「でしょ? お掃除は気が向いたらでいいから、手伝ってくれると助かるわ~」
「も、もちろんですっ!」
「ふふ。はい、よろしくね~。じゃあ、次は明里ちゃんのお部屋にいきましょうかね、あ、そこトイレね」
「あれ、最初に寝た部屋は……?」
「ああ、あれは仮部屋なのよ。ふふ、お待たせしました。ちゃ~んと、明里ちゃんの部屋を用意しましたよ~」
「自分の部屋……」
私は寮母さんの後に続き、お風呂場を出て、一度玄関口の方に戻り、二階へ続く階段を登った。
「はい、着きました。明里ちゃんのお部屋は、この『ルシファーの間』よ~」
「ル、ルシファーの間……?」
な、なんか怖そうな名前だけど……。
寮母さんがドアを開けると、柔らかい風がふわっと頬を撫でた。
「うわ~っ!」
「ふふ、日当たりも抜群よ~、どう? 気に入った?」
「はいっ、とっても!」
部屋は八畳くらいのフローリング。正面の窓には淡いグリーンのカーテンが風に揺れていた。
左側に小さなベッド、窓際に勉強机、ちゃんと押入れもある!
こ、ここが私の部屋……。
「す、素敵ですっ!」
村では自分の部屋なんて持ったことがなかったから、感動もひとしお。
憧れのマイルームだぁ……。
「ふふふ」
うしろで寮母さんが笑った。
「え……?」
「いやね、こんなに喜んでくれる子は初めてだなって思っちゃって。ふふ」
おばちゃんは可笑しそうに口元を押さえている。
「あ、その、自分の部屋は初めてなので、つい……あはは」
「いいのよ~。あ、大きい荷物が下に届いてるわよ」
「ありがとうございます、後で取りに伺いますので」
「じゃ、何かあったら遠慮なく言ってね~」
そう言ってにこやかに笑うと、寮母さんはぴんと姿勢を正して言った。
「では改めまして、私は寮母のタエです。これからよろしくね、明里ちゃん」
「は、はい! こ、こちらこそ、よろしくおねがいします!」
タエさんは、にっこり笑うと一階へ戻っていった。
きちんとしてるし、すごく温かい人だなぁ……。
自分の部屋か……。ふふふ、変な感じ。
私はカバンを机の上に置き、網戸を開けて窓から外を眺めた。
「気持ちいい……」
外は色とりどりの屋根が並んでいる。なかなか見晴らしも良い。
見ると、遠くに東京異世界専門学校の校舎が見えた。
ウチの学校だ……、結構近いのかな?
今度は歩いて帰ってみよう。
おっと、エリナが待ってる。急がないと。
荷物を取りに一階へ下りると、階段脇に『明里ちゃん荷物』と書かれたダンボールが置いてあった。
「あ、タエさん、出しておいてくれたんだ。へへ」
ダンボールを抱えて部屋に戻り、ひとまず押し入れに荷物を入れる。
細かい整理は帰ってからすることにした。
部屋を出て、エリナの家に行こうとした時、タエさんから「お出かけ?」と声が掛かった。
「はい、ちょっと友達のところに。あ、荷物ありがとうございました」
「いいえ~、どういたしまして。そうだ、決まった門限はないんだけど、夕飯食べる時とか、遅くなったりする時は連絡を入れてね。はい、これ」
そう言ってタエさんが、QRコードが印刷されたメモ紙を私に差し出した。
「端末から連絡できるようになってるからね~。じゃあ、いってらっしゃい」
「わかりました、いってきます!」
タエさんに小さく手を振ると、私はエリナの家に向かった。