第10話 戦闘実習 後編
◇チャーム・ニードル: 対象に鎮静効果のある針を発射、急所に刺されば即時調伏効果発動、詠唱なし(使用MP20)
「こ、攻撃魔法? が……ふ、増えています!」
「えー、やったじゃん!」
「やったー!」
私はエリナと飛び上がって喜ぶ。
「良かったな。で、有薗は?」
「私もちょっと増えた」
と言って、エリナが端末を見せる。
◇フレイム・レイン: 対象を中心に半径二メートルに火の矢雨を降らす(使用MP25)
◇スナイパー・アイ: 暗闇無効、射程距離向上、精度向上
◇フリーズ・レイン: 対象を中心に半径二メートルに氷の矢雨を降らす、一定時間の硬直付加(使用MP35)
「おいおい、やべーなこりゃ」
雷堂さんは苦笑いを浮かべた。
「エリナって凄い……」と、その時――。
「伏せろ!!」雷堂さんが叫ぶ。
慌てて地面に這いつくばった私たちの頭上を、巨大な何かが凄まじい勢いで通り抜けていった。
「まずい、フライングエッジだ! 逃げろ! 走れ!」
私は訳も分からずその場を離れた。
何? 一体何が起きてるの?
「あかり、こっち!」
エリナに呼ばれ、後について走る。
後ろを見ると、巨大な鳥の化物と雷堂さんが交戦している。
「副部長ぉーっ‼」
「だめ! 逃げるのよ!」
「でも……」
このまま逃げても良いのだろうか? 私たちが逃げてしまったら副部長は?
私は足を止める。
「あかり?」
「ねぇ、エリナ。せめてブラインを使って副部長が逃げ易くできないかな……」
「……」
エリナは大きくため息をつく。
「仕方ないわね、じゃあ、あの化物の後ろから近づく。無理はしない。いいわね?」
「うん! ありがとうエリナ!」
「ったく、何言ってんのよ。私達パートナーでしょ?」
うぅ、嬉しくて涙ぐみそうに……。
「そうと決まれば、急ぐわよ!」
「うん!」
私とエリナは雷堂さんの元へ走った。
木陰から隠れて様子を伺う。
フライングエッジが大きな翼を羽ばたかせ、宙に浮いたまま鋭い足の鉤爪で雷堂さんを襲っていた。
「お、おっきい……」
あんな大きな鳥を見たのは初めてだ。嘴が工事現場にある重機のアレみたい……。
「あかり、どうする?」
うーん、この状況でブラインを使うと雷堂さんまで驚いちゃうかも。
何かサインがあったほうがいいよね……。
「エリナ、上に向かってエターナルアローを撃って。そうしたら雷堂さんも気づくはずだし、フライングエッジの注意も引ける。そのあとブラインを使うから」
「オッケー、じゃあ行くよ?」
私は静かに頷く。
「エターナルアロー!」
光の矢が交戦中の雷堂さんの頭上高く輝きを放ちながら飛ぶ。
「⁉」
雷堂さんがこっちを見た。
私と目が合う。――今だ!
「ブライン!」
「暗くなったよ、どう? 上手くいった?」
エリナが私の肩を掴んだ。
「ちょっとまってね」
そう答えて、私は雷堂さんの方を見た。
「のわっ!」
「ど、どうしたの? あかり?」
「わわわ……どうしよう……」
見ると雷堂さんがフライングエッジに襲われていた。
な、なんで……。
闇雲にハンマーを振り回す雷堂さんの攻撃を、フライングエッジはこともなげに躱している。
もしかして、あいつ……夜目が利くの?
「あかり? どうなってるの?」
心配そうなエリナの声に、私はどう答えていいのかわからず言葉に詰まった。
「……わ、わたしのせいだ……」
そ、そうだ、さっき覚えたチャーム・ニードルで……。
「ごめんエリナ、ここにいて!」
「ちょ、あかり!」
私は雷堂さんの元に走った。
フライングエッジが私に気づく。
くそっ、この鳥、やっぱり見えてるのね⁉
よーし、なら、この魔法で……。
「チャーム・ニードル!」
が、何も起こらない⁉
え? なんで?
「チャーム・ニードル!」
やはり何も起こらない。
ど、どうしよう⁉
「そこにいるか藤沢⁉ この馬鹿野郎! ブライン使ったからMPが切れてんだ! いいから逃げろ!」
「ふ、副部長……」
次の瞬間、私の目の前にフライングエッジが舞い降りた。
バスケットボールくらいある眼球がギョロリと私を睨む。
「のわ、のわわわ……」
目を瞑り、身体に力を入れ、もう駄目だと思った――その時!
「エターナル・アロー!」
一筋の光がフライングエッジの腹を貫いた。
「ッグェェエエエエエーーーーーー‼」
フライングエッジは凄まじい鳴き声をあげ、逃げるように飛び去っていった。
「た、助かったの……?」
「あかり! 大丈夫!」
「エ、エリナ? どうして?」
ブラインで何も見えないはずじゃ……。
「良かった、無事だった……」
エリナに抱きしめられる。その身体は小刻みに震えていた。
私よりも震えて……。
「ごめん、ごめんね、エリナ……」
「おい藤沢、大丈夫か?」
「あ! す、すみませんでした、私のせいで……」
見ると、雷堂さんの肩から血が流れていた。
「そ、その傷! はやく手当しないと!」
「ああ、大丈夫だ。ちょうどいい、二人とも見てろ」
そう言って、雷堂さんはその場に座り、肩に手を翳した。
「ヒール」
手から青白い光が漏れる。
「ほら、これが回復魔法だ」
「す、すごい!」
流れていた血は止まり、傷はすっかり治っていた。
「へぇー便利」と、エリナが目を丸くしている。
「そうだ! エリナ、どうやってフライングエッジの場所がわかったの?」
エリナに訊くと、雷堂さんが横から答えた。
「スナイパー・アイだな。さっき有薗が覚えてたスキルだ。暗闇が無効になる」
「最初は見えなかったんだけどねー。あかりが飛び出して行っちゃったでしょ? それで見たいって思ってたら急に見えるようになったの」
「そうだったんだ……」
やっぱりエリナは凄いなぁ……。
それに比べて、私はみんなの足を引っ張ってばかりだ。
「ほ、本当にごめんなさい! 私が余計なことしたばっかりに……」
私は必死に頭を下げた。
「藤沢……頭を上げろ」
大きな手が私の肩に触れる。
顔を上げると、雷堂さんが真剣な表情で私を見ていた。
「いいか、俺は逃げろと言った。パーティーリーダーの指示は絶対だ。これは絶対に守れ。いいな?」
「はい……すみませんでした」
「……わかればいい。よし、立てるな?」
「はい、大丈夫です」
私は立ち上がり、土を払った。
綺麗だったお揃いの制服もすっかり汚れてしまった……。
「行くぞ?」
雷堂さんはそう言って歩き始めた。
私とエリナは黙って後に続く。
少し歩いたあと、雷堂さんが前を向いたまま「二人とも……良くやったな」と言った。
「は、はい!」
私はエリナと顔を見合わせ微笑んだ。