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旋と律のシンフォニー  作者: 杉 薫田
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受験生の剣が峰 カプリッチョ 

日本の最高峰の富士山の頂上には 日本の気象観測の最も重要な富士山レーダーが置かれている。 この 日本で最も高い3776mの山頂の頂は「剣が峰」と呼ばれて来た。 物事のもっとも重要な区切り、到達点の事を この富士山の頂に例えて「剣が峰」に立つと呼ぶことがある。


 冬休みの前の2学期の終業式は 12月24日のクリスマスイブの日だった。


街がもっとも華やぐ時で、前日の日曜日に街を自転車で走り抜けると八百屋の店先などではたクリスマスケーキの箱が5段、6段と山積みにされて売られていた。そんな浮ついた年末の師走の季節の中で 担任の山村先生が3年4組の生徒たちに向かって放った激ともいえる言葉は、高校受験を前にした旋たち中学3年生に向けた身の引き締まるような言葉だった。


「君たちにとって 昭和49年の正月は、決して楽しい正月ではないぞ。富士山の登山に例えるのなら まだ8合目と言ったところだ。」


「いいか、この富士山の8合目の事を 『胸突き八丁』と呼ぶんだ。頂上まで残り800メートルほどで 見上げれば目の前に頂上の富士山レーダーが見えるのに、そこからの残された高さを乗り越えるのが一番つらいんだ。」


「高山病にかかって 登頂を前に断念する者、踏み出す足が急に重く感じて、足が上がらなくなる者、ガスに覆われて方向を見誤う者。真夏の登山でも吹雪に襲われて引き返さなければいけなくなるのが日本一の山 富士山に登る時なんだ。」


「簡単そうに見える残り800メートルが一番つらいのが この『胸突き八丁』の場所なんだ。」


「君たちに正月がやってくるのは 受験で目標とする高校に合格した時だ。みんなが遊んでいるクリスマスやお正月は 君たちにとっての『胸突き八丁』の時だ。なんとしても 乗り切ってくれ! 君たちの剣が峰。頂を目指して行こうじゃないか。」


 山村先生のこの激は クラス全体の心の中に強く響わたった。


 しかし、旋にとって山村の言葉は胸に響くところはあったのだが、それ以上に先週の東京ナイト・フレンドでの秘密のメロディーの告白の事の方が気になっていた。

 先週書いた2枚の葉書の1枚目には148ミリ×98ミリの葉書一杯にびっしりとメッセージを書き綴った。


【秘密のメロディーさん 友達との間に何があったのか、どうしてこんな状況になってしまったのかはわからないけれど、絶対に負けちゃだめだよ! 親友の?子さんやY子さんには裏切られたのかもしれないけれど、秘密のメロディーさんには 「東京ナイト・フレンド」の仲間が沢山いて いつも応援しているよ。嫌な事、怒り、やりたいこと、反撃・・・ 全部 ナイト・フレンドたちにぶつけてみてよ! 多くの仲間が 秘密のメロディーさんを受け止めて 助ける事が出来ると思うから・・・・】


 2枚目の葉書には 旋が得意としているイラストで花束を葉書の裏面一杯に 色鉛筆で描いた。最後には「秘密のメロディーさん 頑張れ!」 とのメッセージを入れて・・・


旋も 年末、お正月で浮かれている時でないことはよくわかっているつもりだったが、受験勉強と同じくらい 旋の心の中では秘密のメロディーに起こった出来事の事が引っかかっていた。机に向かっても その教科書の内容が上の空のように浮ついた気持ちとなり、土曜の朝の放送が待ち遠しい日々が過ぎて行った。

 年の瀬の街には多くの家の軒先にしめ飾りと門松が飾られて、自動車のフロント部分にもしめ飾りを付けて道を走るのがブームになっていて、道で見かける車の3分の1ほどにはそれが付けられて、新しい年が間近に近づいているのが感じられる時期になっていた。



ピン・ポロポロポン・ピンポロロロポン・・・・


 12月29日の土曜日未明を迎え いつもの番組テーマ曲ジングルが流れ 昭和48年最後の東京ナイト・フレンドの放送が始まった。


 1年で最後の、学校も会社もほとんどが冬休みに入り、土曜日の未明と言っても翌日の学校へ行く心配もすることも無く、放送の終わる朝の3時までじっくりと番組に聞き入ることが出る週末だった。深夜の街は静まり返り、たまに部屋の外を走り抜ける車の音がやけに近くに感じる空気が澄み切った冬の夜だった。テレビの天気予報では翌朝は愛知県でも初雪が降り、街を白く染めるかもしれないとの予想が出されていた。


 旋の感じた通り この日の放送は先週の秘密のメロディーからのいじめにあったと言う告白についての話題で番組が盛り上がることとなった。


 どこの学校でもいじめは日常的に起きていると言った意見が多く、その対応においては 「負けずに立ち向かっていけ。」と言う意見と「逃げ出すことが唯一の解決策だ!」といった逃避への勧めの意見、それに「親や先生に相談したら・・・」といった3つの意見に分かれて 番組に寄せられる言葉もこの3つの方向に集約される様なものとなっていた。


 学校の中では ちょっとしたきっかけからいじめが発生し、3人の友達が集まれば 一人はハバにされていじめの対象になると言った意見さえ多く、その解決策は容易ではないことがうかがわれた。


「親や教師に相談したら・・・」と言った意見はさすがにほとんどが否定され、いじめに対しては 親は心のよりどころにはなっても解決することは無理だろうと言う考えが多く、担任教師への相談なんてしても むしろその相談がばれようものなら 一層の仲間外れや いじめにあうと言う意見が多く出された。


 秘密のメロディーが言った 友達だと思っていた K子やY子との付き合いは切るべきだとの考え方と共に、クラスの多くの人から仲間外れにされている現状においては 「学校を休むのも仕方ないよ。」という秘密のメロディーの取った行動に対しての賛同も多かった。


 ラジオの中で交わされる意見を聞く中で 旋自身は 学校を休んだとしてもいずれは真正面から向き合って、いじめている人達と話し合いの場を持たなければ 結局のところ行き詰まってしまうのではないかと感じていた。


「友達って何だろうと・・・」


「いじめって何だろう?」


「女子だけの学校ってどんな場所なのか。」


 と改めて旋自身も胸に問いかけてみた。


 愛知県の田舎ともいえる地方都市の小学校や中学校という環境の中で、旋の周りにおいてはいじめ事件は起きていないように思えた。合唱コンクールの時にクラスが一つにまとまって立ち向かった一体感は特別なもので、あの中では一人を除外しようとか、いじめて追い出そうという気持ちにはなれなかった。


 歌が下手な奴は間違いなくいたけれど、そんな奴でさえ、一人のクラスの仲間として受け入れ、どうしたら他のクラスに勝つことが出来るかを考えて立ち向かっていった気がする。


 しかし、改めて振り返ってみると 旋の周りでもこれまでに大なり小なり友達にいじめられて、そして人をいじめていたこともあった様にも思えてきた。


 小学校の低学年の頃 授業中にお漏らしをしてしまった女の子がいた。彼女の事をそれ以後 クラス全体が蔑み 馬鹿にした存在にして、彼女が近づいてくると男の同級生だけに限らず、女の子の同級生からも「くさい!」なんて嫌がられることがあった。


 クラスで一番足の遅い子を捕まえて みんなで「鈍足、のろま!」と言い放ったこともあった。 水泳の授業で 泳ぎが下手だった二人のちょっと太り気味の友達に対して 「風船」とか「大きな浮き輪」というニックネームを付けてみんなで呼びまくったこともあった。


 ミッキーマウスと呼んだ友人のニックネームの理由は、他の友達と比較して ちょっとだけ耳が大きかった事からで、本人はどこからともなくその訳を聞いていたはずだった。彼はこのニックネームが嫌でしょうがないと感じていたかもしれなかった。


 いじめという行為はいじめている方は気軽な気持ちで相手を馬鹿にして 自分が上に立ったようにふるまってしまっている。いじめていると言う意識の希薄さの中のあって、いじめられ、馬鹿にされ、仲間外れにされている子の気持の中にあってはいてもたってもいられない状況の中に追い込まれてしまうのが本当の所であろうことが改めて考えられた。 そしてそれは特別な悪気でなくても次第にエスカレートしてしまい いつの間にかいじめそのものをみんなで楽しんでしまうところもあったように思えてきた。


 秘密のメロディーの身におきた、今回の出来事も考えて見ればそのきっかけは 友達のほんの些細な行動や 秘密のメロディー自身が言い放った 自分では意識もしなかった一言の言葉が始まりなのかもしれなかった。 東京ナイト・フレンドの放送の中で盛り上がっていく 学校でのいじめの話題についての多くの意見や りょうたん自身の口からでるいじめに対しての考え方や思いには 賛成する言葉も有れば 実際はちょっと違うのではないかという思いが複雑に交錯して胸に響いて行った。

 先週の放送の後、あれ程、真剣に考え秘密のメロディーに向けて書いた旋の葉書が読まれることはなかった。しかし、この日の放送を改めて耳にする中で 旋の思いや考え方も揺れ動き 「いじめ」に対して改めていろいろと考えさせられ、大きな葛藤も生まれて来た。放送で旋の葉書が読まれなかったことは 1週間前に感じた事とは微妙に考え方が変化し始めている様にも感じ始めていた。


 旋はあらためて 秘密のメロディーにおきた出来事に向き合い 葉書に思いをつづった。この手紙が運よく放送で読まれるとしたなら それは新しい昭和49年の新年を迎えている。

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