第85話 媚薬の出どころ
「真理衣ちゃん…」
「なぁに?」真理衣はブラジャーをつけながら振り返った。
「前世を思い出してから…なんか、強気だね…」
俺は裸のままベッドに腰掛け、電子タバコの煙を吐き出している。事後にタバコを吸いたくなるのはなんでなんだろう。
「そうかも。前の私なら、あの2人にあんなことしないかもね」
真理衣は冷蔵庫に入れていた炭酸水をグラスに移してテーブルに置き、俺の隣に座った。
泡が弾けてシュワシュワと音を立てる。
「…私の前世の記憶は、この泡と同じなの」
「泡…?」
「そう。きっと、前世は思い出に無頓着な人だったのね。はっきり思い出すのは召喚術の魔法陣ばかり。楽しい事、辛い事、強敵、危険な魔物…愛する人達の顔。ぜんぶ思い出すのは一瞬だけで、すぐに泡みたいに消えていった…」
「真理衣ちゃん…」
「でも、私は死んでも忘れないから。しのぶさんの事…」
真理衣は俺を包む様に抱きしめた。
「うん…」
俺はどちらの性別になればいいのだろう。真理衣はどちらでもいいと言ってくれた。子供は欲しいのだろうか。結婚は?
これからの人生を考えると、男に戻るべきか…
俺は真理衣に抱かれながら、グラスの中から消えていく泡を見つめていた。
泡ごと炭酸水を飲み込めば、忘れた記憶も思い出せそうな…そんな気がした。
ーーーーー
「媚薬の話しなきゃね」
真理衣は2人分のホットコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう。課長は犯人じゃなかったんだよね?」
「うん。課長にストレートに聞いたの。転生って信じてますか?って。そしたらね、もちろんだ!ってあの真面目そうな顔で真面目に言うから笑っちゃった」
真理衣が自分の前世の話を明かすと、等々力も桃源郷という単語を出した。そのため真理衣は等々力の転生を確信し、そのまま媚薬の話を聞き出したらしい。
「そしたら課長…媚薬のレシピを覚えてたら離婚なんてしなかったって落ち込んじゃって」
媚薬でつなぎとめるのもどうかと思うが…。
「あの落ち込み方は本気だなと思ったから、シロだと私は思う。でね、問題はその後なの…課長がね、一課の課長の事を話してて」
等々力によると、俺が媚薬を盛られたその日に、天衣社のあるエリアを担当しているチームの課長が、急病で早退したとの事。
「天衣社…」
「そう。しのぶさんが担当する会社ね。で、実はそこのチームの社員で、第二四半期の本社行きを取り消された男がいたの」
「まさか…」
「そう。一課の課長としのぶさんに媚薬を盛ったのは、多分そいつよ」
関東圏営業部営業一課社員、平田満31歳。新卒入社で関東圏営業部に配属されて8年。本社行きが取り消された理由は定かではないが、彼は大きな業績が見込める天衣社を、3課に横取りされたのが栄転取り消しの理由だと周囲に触れ回っていたらしい。
しかも、平田は松本電機の担当でもあった。
「よくそこまで調べたね」
「受付のミッチーと友達だからね。あの子、男だらけの一課の連中から見たら、アイドルだから」
あぁ、俺のメイクのことを聞いてくる子か…
「で、平田はミッチーの事口説こうとしてたみたいで…あいつ〝噂の桃源郷の媚薬、使ってみたい?〟とか言ってたんだって。マジでキモい!」
「清々しいほどにバカだな…」
しかし、そんな奴に一服盛られたと思うと、我ながらなさけない。
「だから平田が犯人で決定だと思うんだけど…しのぶさんが嫌じゃなければ、一課と合コンでもして平田を誘い出して拷問でもしようかなって思うんだけど」
「いや、拷問はやめなよ…でもメンバーは?」
「私としのぶさんと、梅木さん。あとはミッチーと、ほら、さっき帰した2人と、看護師さんと、あと…足りなければ女神様」
「不安しかない」




