第9話 看護師 喜多嶋 水久①
一週間ほど入院し、明日は退院だ。普通、俺の状態なら半月は入院だそうだ。加古医師の腕は確かに現代医学以上だった。
一週間でようやく女の身体に慣れてきた。入院直後に生理が来たが、喜多嶋のアドバイスのおかげで乗り切った。あの痛みと出血を知れば、もっと女性に優しくなれると思った。
ただ、女物の下着だけはどうしても違和感があり、ボクサーパンツを着用することで喜多嶋に許しをもらった。なぜ許しが必要なのかは謎だ。
ブラジャーは「その巨乳を大事にしないともぎ取って私に移植するわよ」と何度も真顔で言われたのでつけることにした。
愛子さんは忙しくて着替えを取りに行けないそうで、喜多嶋が入院中の下着と退院後の服を数着買ってきてくれた。ブラジャーについては、俺と喜多嶋のバストサイズが違いすぎて「プレゼント用です」と言わないと買えなかったと文句を言われた。
あれから見舞いは母親の愛子さんしか来ず、チャットアプリの新着も無い。しのぶは派手な格好の割に、常に連絡を取り合う様な友人が少ない事が分かった。かえって好都合だ。
退院したらすぐに転移者探しだ。とりあえずは仕事中が無難だろう。営業職なので多くの人と触れ合う事ができる。今しのぶが担当している顧客の中に転移者がいればいいが。他には…
「しのぶちゃーん、検温の時間でーす」色々考えていると、喜多嶋が病室に入ってきた。
「その呼び方、やめてくれないかな…」
「いいじゃん。私の方が2歳お姉さんよ」喜多嶋は両手を腰に当てて無い胸を張った。
「じゃなくて、俺男だし」
「わたし、でしょ!そして今は女の子でしょ!」
喜多嶋は俺を睨みつけた。師匠は厳しいのだ。
「…はい」
「よろしい。あ、ねえしのぶちゃん」
「はい?」
「まだまだ教えなきゃいけない事もあるし、退院したら私と遊びに行かない?」
「え?デート?」テンションが上がった。正直、喜多嶋は俺の好みのタイプだった。向こうから誘ってくれるとは!
「あのね、女の子の友達として遊ぶの!女の子について、もっと勉強しなきゃ!」デートじゃなかった。
「どうせ男に戻るのに…」途端にテンションが落ちた。
「ふーん。いいのかなぁ?バラしてもいいのよ。ママに。私は困らないし」
「うっ…」先日、愛子さんを警戒すべきと加古医師に言われたばかりなのに。加古医師から聞いたのか?
「どうなの?ねえ?」
「…行きます」
「やった!しのぶちゃんほどの逸材を育成すれば、合コンもセッティングし放題!」
「動機が不純!俺のためじゃないのかよ!」
「まーた俺って言った」
「はい…」
「あのね。これはしのぶちゃんのためでもあるんだから!合コンに転移者が来るかもしれないじゃない!」
「えぇ…?」一理あるが、喜多嶋の私欲の方が強い気がする。
「じゃ、私の連絡先書いとくから。ケータイ変えたらここに連絡してねん」喜多嶋はメモを両手で差し出した。
「あっ、はい」なんだかラブレターをもらった様で照れ臭い。
「なぁにぃ?照れちゃって。お姉さんと本当にデートしたいの?」喜多嶋はニヤニヤしている。
「いや、その…ちょっと嬉しいなって…」
「じゃあ女の子カップルとしてデートしよっか。お姉さんがエスコートしてあげる」
「えぇ…?」
「いいから!じゃ、退院した後、お休みの日が合えば遊ぼうね!」
「…はい」
女になった後で女性とデートできるとは皮肉なものだが、退院後の楽しみが出来た。とは言え、先立つ物が先である。
「まあ、とりあえずは仕事するか…」