第79話 髑髏斎の術式
「津島さんが…穢土中髑髏斎…!?」
「もしくは、その一派ね…」
喜多嶋は難しい顔をしている。
「いや、あの人は洗脳された俺を助けてくれたんですよ!?」加藤先輩が喜多嶋の考えを否定した。
「私も…前世の記憶が戻りかけた時に介抱してくれました…」
「…彼が黒幕というのはさすがにありえないです」
俺たちの反対意見を聞いて、喜多嶋は腕を組んだ。
「髑髏斎の術式を知っていること自体が怪しいのよ」
喜多嶋は大村が持ってきた水を一気にあおり、話を続ける。
「この世界で外法を使う方法は教えたわね」
「ええ。自分の魂と、波長が合う相手の魂を使う…」
「そうね。でもエルヴィンとかいう男はそれを無視した。それは、誰も知らないはずの、髑髏斎の術式のおかげなのよ」
穢土中髑髏斎は、常夜ではトップクラスの外法師だった。そんな彼がある日、異世界人と出会う。
常夜には異世界人の来訪はほとんど無い。髑髏斎は異世界人の魔法の理論に心惹かれ、それを基に新たな外法の術式を考案した。
しかし、新術式の認定を受ける前に、その術はすぐに使用を禁じられ、封印されることとなる。なぜなら…
「髑髏斎の術式は、自分の魂を削るどころか、他人の魂を必要以上に奪って使うものだったのよ。そんな術式は認められないわ」
「じゃあ、その術式を知ってるのは…」
「術式認定の場に居た先代巫女と私、髑髏斎本人、そして協力した異世界人の4人だけね。結局それを認めなかった事を逆恨みして、髑髏斎は国家転覆を企てて処刑されたのよ」喜多嶋は不機嫌そうに答えた。
「…いや、待ってください。津島さんは外法師だった前世から魔法の世界に転生して、そこで独自に研究をしてたはず」
「そうなの?…うーん。わかんないなぁ。じゃあ本人に聞こうか。ねえ、津島さん?」
喜多嶋は店の扉の方を見ていた。
扉の前に、津島が立っていた。外はにわか雨が降っていたらしく、探偵らしく決め込んだ彼の服がぐっしょりと濡れ、上等なジャケットの裾から、雨が滴っていた。
「…なぜ私の名前を…君は、何者だ?」津島は身構える。
「…こちらの質問が先よ」
「津島さん、どうしてここが?」加藤先輩が津島に問う。
「若者達の飲み会を邪魔するつもりはなかったのだが…心配だったので尾けていた。そして、そこの女からただならぬ外法の気配を感じたので、追ってきたのだ」
「ふぅん…」喜多嶋は不敵に笑う。
「女神や東雲さんをサポートしているらしいが…何者だ?」
外で雷が鳴った。
喜多嶋の飲み干したグラスの中の氷が、カランと音を立てる。
─数秒の沈黙。
「あなた、髑髏斎の術式を知っているのね」
「それは…」津島は口ごもる。
「津島さん…?」真理衣は喜多嶋と津島を交互に見ながら、この対面を心配そうに見守っている。
「なぜ、知っているのかしら…?」
いつも明るい喜多嶋の表情が、先程よりもさらに冷たく、鋭くなっていく。
「私は…」
「答えなさい!」
「黙れ!貴様の様な怪しい女にそんな事を言えるか!女神が外法を知らぬのをいい事に東雲さんごと利用しているのだろう!どの流派の外法師か言え!言えたなら答えてやる!」
津島は階段上から動かずに喜多嶋に向かって怒鳴る。
不意に、大村が動いた。
大柄な身体を、信じられないスピードで動かす。
大村はあっという間に階段を駆け上がって津島の目の前に立った。そして津島の胸ぐらを掴む。
「姫様に無礼な口を利くな!下郎が!」
とんでもない大声。そんな声出せたのかよ。
「…あーごめんごめん、ふざけ過ぎたわ大村。貴方、月虫でしょ。久しぶりね」喜多嶋は苦笑いした。
「…なぜ私の前世を!?」
津島は大村に掴まれたまま、顎が外れんばかりに口を開けていた。




