第8話 母親 東雲 愛子①
等々力が帰った後俺は他の社員の事が気になり、荷物の中からしのぶの携帯電話を取り出した。何か情報でもあれば良いが。
しのぶの携帯電話はピンクの本体で、ゴテゴテとした装飾を雑に貼り付けてある。ところどころ傷だらけになっており、持ち主のガサツさが読み取れた。
これだけガサツならばロックもかかっていないかもと思ったが、そこは流石に都合よくはいかなかった。
とりあえず、この恥ずかしい機種は変更してしまおう。
ただ、ロックされた画面でもひとつだけわかったことがある。最終の着信履歴が表示されていたのだ。そこには、
【☆ママ☆】と表示されている。
ママって…しかし、しのぶが母親をママと呼んでいることが分かった。
しのぶの母の名前は愛子という。年齢は45歳だが、先程病室に来た等々力と同世代以下に見えるほど若々しい美女だ。
夫を早くに亡くし、女手一つでしのぶを育てて来た、という話を医師の加古に泣きながら語っていたらしい。
俺の母も優しい人だったが、愛子さんはなんというか…過保護な気がする。
夕方になり、愛子さんが走って病室に飛び込んできた。昨日の私服姿と違い、今日はスーツ姿だった。女神の携帯電話『女神フォン』は反応無し。そりゃそうか。
「しのぶちゃん!ママよ!はぁ…はぁ…」
愛子さんは肩で息をしている。
「大丈夫?ママ」
「あぁ…しのぶちゃん!ママの事思い出したの!?」
愛子さんは俺に抱きついてきた。いい匂いがする。
「う、苦しい…」抱きしめる力が強すぎる。
「あぁ…良かったわ。昨日はママ、しのぶちゃんに忘れられたショックで死にかけたんだから!」
このまましのぶが死んでいたら、本当にショック死したんじゃないか、この人。
「大げさなんだから…でも、ほとんどなにも思い出せないの。色々思い出話をして欲しいな、ね、ママ?」俺は慣れない話し方で母親に話しかける。
しかし、これがいけなかった。
どうやら愛子さんは娘との思い出を何より大切にしているらしく、俺のこの失言を機に、立て板に水の如くしのぶが産まれてから今までの思い出を延々と話し続けたのだ。
俺は記憶を呼び起こすという建前がある以上、全て聞いてやるしかなかった。しかし、すでに話し始めて3時間が経とうとしていた。
「それでね!」
「東雲さん、そろそろお時間ですナ」加古医師が病室に来て、ようやくフォローに入った。俺は医者を睨みつけた。遅すぎるんだよ!
「あらいけない!また明日ね!しのぶちゃん!」
愛子さんは風のように去っていった。
「加古先生!俺の体調管理も仕事のうちだろ!疲れちゃったよ!」
「すまなかったネ。でもしのぶさんがどんな子か、少しはわかったんじゃないかナ?」
「ええ。とんでもなく甘やかされて育った、ダメ人間ですね。よく清光商会に入れたもんだ」愛子さんの話を聞けば聞くほど、そう感じた。
「フム…実はその事なんだがネ。しのぶさんの入社を、あのお母さんが手引きしたかも知れないんダ。昨日は動揺して口が滑ったのか、それっぽい話を本人がしていたヨ。彼女はキヨミツホールディングスの関連企業で重要ポストにいるらしイ」
「…仕事の話は少ししか聞かなかったけど、それでもあの人が会社の重要ポストにいるのは分かりました。多少はそういう事も出来そうですね」
「そうだネ。そんな人にキミの正体を気付かれると、社会生活がどうなるか分からなイ。彼女には気をつけなさイ」
転移者を見つける以前に、色々気を付けなければいけない事が多そうだ。
「参ったな…」