第69話 桃源郷の媚薬④
「仙人の世界の転生者に、心当たりがある…」
「課長さんでしょ」ナターリャは相変わらずソファでゴロゴロしながら受け答えする。
「ああ。でも、あの時の騒ぎで結局、転生の自覚があるかどうかすら、確かめられてないんだよ」
俺の上司、等々力課長は仙人の世界からの転生者だ。
先日の天衣社の騒ぎでうやむやになっていたが、どうにかしてこのことを確認しなくてはいけない。
しかし、どう確認しよう。
「課長って、仙人なんですかぁ?」
アホか。
「課長…生まれ変わりって、信じてますか…」
告白か。
「私は転生者、あなたは!?」
なんだこれ。
うーん…困った…
「はっ!?」
突然、喜多嶋が身体を起こし、周囲をきょろきょろ見渡す。
「ミクさん、大丈夫ですか?」
「…何があったの?巨乳を許すとかいう悪夢をみたんだけど」
喜多嶋は頭を掻いている。
「受け入れるっていうか、吸い付こうとしてました」
「は!?そんなわけないじゃん。なんでそんなこと…って、曽根崎さん、大丈夫?」
曽根崎は土下座の姿勢は解除したが、テーブルに突っ伏したままだった。
「もごもごもご」何を言っているのか聞き取れない。
「なんて?」喜多嶋が問い直す。
曽根崎は顔を上げた。涙で目が腫れあがっている。
「しのぶさんに…振られたんだ…」
そして、曽根崎は再び机に突っ伏した。
「ああ、ご愁傷様…しのぶちゃん、女泣かせだねぇ」喜多嶋は俺を見てニヤリと笑った。
「そうだそうだ、弁当作ってもらえないぞー」ナターリャが俺の方を向いて言う。
「それは…」
曽根崎が急に立ち上がった。
「いいんだ!好きでやってたことだから!…困ったら連絡してくれ!今日は失礼する…」
曽根崎はそう言い残すと、俺の部屋を出て行った。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ま、まぁとにかく、今はその、曽根崎さんをおかしくした理由を調べないとね?」
喜多嶋は冷めきった場を明るくしようとワントーン高く言った。
「ミクさん、それは解決しました。仙人の媚薬だそうです」
「えっ?…あぁ…アレか…。でもおかしいね。曽根崎さんに効くなんて」
「ミクさんにも効いてましたよ。執拗に俺の胸を狙ってました」
「…うん。もっとおかしいね。私がおっぱいを狙うなんて…」
喜多嶋は難しい顔をしている。
「出会ったその日に俺から胸を移植するって言ってませんでした?」
「…」
喜多嶋はさらに難しい顔をした。
「それより媚薬の出どころですよ!どこで飲まされたのか、まったく覚えがないんです」
本当に覚えがない。今日、口にしたものといえば、朝食、曽根崎の弁当、そして…
会社で飲んだ、お茶だ。
梅木が不在の際は当番制になっているのだが…
今日の担当は、等々力だった。
「やっぱり課長が…」
想像したくない。もし、俺に媚薬を飲ませたのが等々力だったとしたら、“その気„があったということだろう。恐ろしい。女性の曽根崎に迫られて脱がされただけでも相当な恐怖だったのに、男の等々力に同じことをされたら…
恐怖で顔が青くなる。
「しのぶちゃん、顔青いよ…」喜多嶋が心配する。
「だ、大丈夫です…ただ、明日から課長に会うのが少し怖くて…」
「しのぶちゃん、すっかり女の子だね!」喜多嶋は急に興奮しだした。
「だって…怖いんだもん…」
「…しのぶちゃん。媚薬飲まされて、本当に女の子になっちゃってない?男に戻る気、ある?」喜多嶋は急に真顔になった。
「えっ!?そ、それは…」
「迷ってるの?」
「その…」
「同僚の子が、男のしのぶちゃんじゃ無理だったら…とか考えてる?」
「うっ…」
「あーもう手遅れだわ。これ女の子固定だわ。ね、女神様?」
「うん。本人の意思が薄れると、私の力でも男に戻せくなるよ、しのぶちゃん」
「は!?」




