第7話 課長 等々力 雄介①
女に転生した翌日。
この身体…しのぶの母親は仕事が終わってから来るとの事で、午前中はしのぶの上司のトドロキだけが来るらしい。
今の俺は対外的には記憶喪失、しかも思い出すのが非常に困難なタイプで、なおかつ性認識の機能が若干混乱している…という、非常に胡散臭い設定になった。大丈夫か?
トドロキは聞いていた時間のきっちり5分前に到着し、時間ぴったりに俺の病室に入ってきた。
「東雲…か?大変だったな」
30代後半と思われる男性。髪をオールバックにし、スーツの上からでも筋肉質である事がうかがえる身体。眼鏡を掛けた顔からは知性を感じる。
しかし、なぜ疑問形なんだ。
「はい。トドロキ、さん?」
「そうか。何も覚えてないんだな…」
トドロキは複雑な表情を見せた。
「お前は俺をゆうちゃん課長、って呼んでたんだぞ」
「そっ、そんな失礼な呼び方を…」我が身体ながら、なんて奴だ。上司の呼び方すらなっていない。
「ははは。たしかに失礼だな」トドロキは笑いながら名刺を出した。
【清光商会株式会社 関東圏営業部 第3営業課 課長 等々力 雄介】
名刺にはそう書いてある。
なるほど。それでゆうちゃん課長…。
「何も、思い出せないか」
「ええ…あ、でもお…私、仕事はできると思います!頑張るので解雇だけは」
「こんな事でクビになるわけがないだろ」
「へ?そうなんですか?」
俺の前の勤め先なら業務の記憶が無い事がバレた途端に解雇だ。
「当たり前だ。業務なんて覚え直せば良いさ。安全と健康が第一だ。東雲の場合、特に…いや、うん」
なにか言いかけたな。なんだろう。
「…ありがとうございます」
俺が微笑みかけると、等々力は驚いた表情を見せた。
「そんな顔が、できたんだな…」
普通に笑っただけなんだが。しのぶよ…今までいったいどんな生き方をしてきたんだ。
「そりゃ、まぁ…」しのぶは会社ではどんな顔をしていたのだろう。
「…しかし、化粧もしてないのに押し掛けて悪かったな。梅木さんを寄越した方が良かったか」
「いえ。まだそんな事もできる状態じゃないので。ご配慮ありがとうございます」
同じ課に梅木という女子社員がいるらしい。
「…そういえば、事務室で化粧直ししていた東雲に、『チラ見したでしょ!』って怒られたことがあったなあ。覚えて…ないか」
…しのぶ!なんなんだお前!そんな所で化粧して、しかも上司に難癖をつけるな!
「そ、それはなんとも…」本当になんとも言えないよ!しのぶ…勘弁してくれ。
「まあ、個人的にはその顔の方が印象はいいぞ」等々力は笑顔を見せる。さわやかな笑顔。俺が女だったら惚れてるな。あれ?今、女だったな。いや、大丈夫。惚れてない。
「あ、化粧するなって事じゃないからな」等々力は俺が難しい表情をしているのを見て勘違いした様だ。
しかし、そんなに化粧の濃い女だったのかしのぶよ。あぁ。つまり…
「さっき私に声をかけた時疑問形だったのは…全然違う顔だ!って思ったからですね?」
「あ、いや…」
等々力は頭を掻いた。
「当たりでしょ」
俺はニヤリと笑い、等々力は苦笑いをした。
「しかし元気そうでよかった。しばらくは安静にな。有給は減ってしまうが、申請は出しておいたから安心してくれ。退院の時にまた来るよ」
そう言って等々力は出て行った。
まだ何ともいえないが、恐らく彼は良い上司だ。
「あ、しまった!」
女神から預かった携帯電話のバイブレーションを確認し忘れた。履歴とか…出るのかな?
まぁ、次は枕元に置いておこう。