第6話 勤務時間とトイレの常識
「職場に連絡させてください。記憶喪失になったと言えば、今日くらいは休めると思います」
それくらい、この身体の職場も許してくれるだろう。
「忍君、キミは何を言ってるんだネ!?あと一週間は入院してもらわないと困るヨ!」
「え?だってもう動けますし」
俺はベッドから出ようとしたが、喜多嶋に押し戻された。
「歩けるのは確かだけど、出来るだけ安静に」
「いや、でも…仕事しないと給料が」
「有給や傷病休暇があるでショ。職場にはお母さんが連絡してたシ、明日は課長さんがお見舞いに来るヨ」
「はぁ…そんな好待遇なんですか、この身体…」
俺の元いた職場ではそんな甘えを許された事はない。しかも上司が見舞いに来るとは…この身体、そんなに重要な仕事をしているのか。
「ウム。女神の言った通りだネ。忍君、キミがいた会社は、ブラック企業ってやつだヨ」
ブラック企業…!俺も今の会社に勤める前はブラック企業にいたのでよく分かる。しかし…あの会社はブラックじゃない…よな?
「だって5勤2休で休日出勤も月に3回くらいしかありませんよ。残業も月に150時間くらいしかありませんし」
「…忍君、キミ、労働基準法って知ってるかネ…?」
「え?」
「しのぶちゃんの会社は休日出勤ゼロ、残業も月に15時間未満らしいよ」喜多嶋は完全に呆れている。
「ええっ!?」
自分の常識とあまりにもかけ離れた待遇に、俺は困惑した。
「こ、公務員とか…?」
「今時、公務員の方が残業してるかもネ」医師は苦笑いした。
「あのね、しのぶちゃんの勤め先、清光商会なの」
「き、キヨミツショウカイ…!?キヨミツホールディングスの子会社の!?」
キヨミツホールディングスといえば、国内最大手、ホワイト企業の代表格だ。この身体は、その巨大企業の子会社に勤めているらしい。
「わかった?」
「マジかよ…」
驚きのあまり身震いがする。
いや、違う。これは。
「あの…トイレ…」
「トイレ!?私が連れてくわ。早く!」
喜多嶋が慌てた様子で俺の手を引いた。
「え?なんでそんなに急いで」
「いいから!」
俺は喜多嶋に手を引かれながら早歩きでトイレに連れていかれた。
「いや大丈夫…」
「はい!ここ!入ってすぐ座って!」
個室に押し込まれた。
何だってんだ。こんなのまだまだ我慢できるのに。
下着はつけていなかったのですぐに体制は整ったが、座るか座らないかくらいのその瞬間、
「あっ…」
意図せずに…出た。
「あわわわわ」
「だから言ったでしょ!服にかかってないでしょうね!」
個室の外から喜多嶋の声が聞こえる。
「な、なんとか」
「女の子はね、男と違ってそんなに我慢できない構造なのよ!男の時と同じ感覚でいたら人前で漏らすわよ!」
「ヒェッ…」
大人になって人前で漏らすなんて嫌すぎる。女って大変だな…
「ちゃんと拭いてから出なさいよ!」
なるほど…女には雫を切るために振るモノが無いのか。面倒だ。
トイレから戻った俺を、加古医師は笑いながら待っていた。
「ハハハ。大丈夫だったかネ?」
「ええ、まぁ…」
「そりゃ良かっタ。以前入院してた、転生前の記憶が男だった患者さんは漏らしてたからネ」
女の身体、怖すぎる…
「…あの、喜多嶋さん。男と女の違い、最低限の所だけでも教えてもらえますか?」
「よろしい。聞いたら引くわよ!覚悟しなさい」
「は、はい!」
その日、俺は喜多嶋からみっちりと「女子の身体の常識」を教わったのだった。