第5話 転生先の人生も、俺と同じで孤独だった。
イレギュラーにこの世界に入り込んだ異世界人を五人、探し出せば男に戻れる。
この身体が今まで、どんな人生を送ってきたかは分からないが……仕事はしているみたいだし、年齢も同じ。女神によれば、男になる際には、周囲の人間の記憶や戸籍なんかも、なんとかしてくれるそうだ。
俺は元々天涯孤独。多少の心残りはあるが、元の人生で失うものが無かったのは、不幸中の幸いというやつだろう。
女神は俺の経過観察、サポートに加えて自らの力を温存するため、しばらく人間として暮らすそうだ……
……俺の、家で。
「なんでそうなるんだよ!?」
「あなたみたいな転生、初めてのケースだからアフターケアね。何かあればすぐ対応するわ。フゥー! 親切ゥ!」
いちいち腹の立つ言い方をする。なんだこのノリは。
「……でも、この身体にも家族がいるし、仕事だってわかんないぞ? 俺にはこの子の記憶なんて全く無いし……どうするんだよ」
「その身体はね……仲の良い友達も少ないし、彼氏は居なくて今はフリー、仕事は全くやる気なしでおつきあいもしない。今は独り暮らしだし、家族は病室で倒れたお母さんだけな上に、お母さんも忙しくてほとんど会わない。だから、記憶喪失って事にしておけば大丈夫よ」
女子高生女神は手をひらひらさせながら、スラスラと説明した。
「そんなんでいいのか……?」
「心配しないで。とりあえずこの周辺で私のサポートをしてる転生者の二人、加古ちゃんとミクちゃんにも事情は伝えとくわ」
加古医師は分かったが、ミクちゃんというのは看護師の喜多嶋水久の事だそうだ。
この空間に来る直前に行われた加古医師からの質問は、俺が事故を期に前世の記憶を取り戻したかどうかのチェックだったらしい。
ところが、俺には「忍」の記憶しか無く、「しのぶ」の記憶が一切なかったため、二人とも俺が何者なのか判別できず困っていた、というわけだ。
「いや、でもさ……先に周囲の人間の記憶をどうにかしたり……」
「さっきも言ったけど……カミサマって言ってもね、そこまで万能じゃないの。あなたを男にして、そのときに皆の記憶をどうにかする。それで精一杯よ。だから、とりあえず今は誤魔化しておいてよ」
女神は少し淋しげな顔で、俺に告げる。
「……まぁ、なんとかするよ」
そんな顔をされたら、従わざるを得ないじゃないか。
「そう? じゃ、戻しまーす。私は色々準備してからあなたの家に行くからよろしくねー」
女神は俺が了承した瞬間、笑顔に戻ってそう言った。騙された。
直後、俺は再び光に包まれ、気がつくと元の病室にいた。手の中に、先程受け取った携帯電話があった。クマのストラップが揺れていた。
「お。戻ったネ」
顔を上げると、目の前に加古医師の顔があった。
「ぬわぁ!」
俺は反射的に仰け反った。
「ほら、東雲さん、加古先生のバカみたいにでかい顔の圧に驚いてますよ」
喜多嶋もまだ病室にいて、しのぶの母親を寝かせていたベッドのシーツを取り替えながら、医師に毒を吐いた。
「失礼だネ!……アー、そうそう、女神から事情は聞いたヨ。申し訳ない事をしたネ……私がつい、この身体を蘇生させてしまったばかりに……こうなったら、全力でサポートするヨ」
加古医師は頭をかきながら、申し訳なさそうに言った。前世から医者のスーパードクターのミスというかなんというか。
「私たちは色々把握したから、何かあったら言ってね。まあ、女神様が一緒に住むなら大丈夫だと思うけど。あと、もともと男なんだし、いらなければおっぱいを移植……」
「しつこいよ喜多島クン!」
医者が看護師にツッコミを入れた。
「はぁ……」
俺は二人のノリについていけず、適当な相槌を打った。
「すまないね忍君。なかなか受け入れにくいかもしれないけど、ワタシ達も手伝うから、まずは異世界人を探そウ」
加古医師は優しく微笑んで、女神が俺に与えた携帯電話を指差す。
「はい。ありがとうございます。あ、そうだ。この身体のお母さんは……?」
「忍君が女神様のところに行っている間に、別室に運んで、目覚めた後お帰りいただいたヨ。まだ精密検査するからと言ってネ」
「そう……ですか。心配してなきゃいいですけど」
気絶するほど娘を心配する母親だ。今頃、相当辛い思いをしているだろう。この身体は無事だが、娘の魂は、異世界に旅立ってしまった。それを彼女が知ったらと思うと、少し悲しくなった。
「俺が本当の娘じゃないって知ったら、あの人気絶じゃ済まないだろうな……」
事故のようなものとはいえ、申し訳ない気持ちになる。
「本来ならしのぶさんは死んでいたんダ。生きているだけでも、うれしいと思うかもしれないヨ。バレないに越したことはないけどネ」
加古医師は悲しげな顔と慰めの言葉を俺に向けた。
「ええ。じゃあ、まずこの身体の職場に連絡させてください。記憶喪失になったと言えば、今日くらいは休めるでしょう」
「今日!? 何言ってるんだネ!? あと一週間は入院していないとだめだヨ!」
加古医師は目を丸くしながら大声で言った。
「え? あれ?」
俺はブラック企業のやり方に染まりすぎていたことに、この日初めて気づいた。