第33話 友人 坂巻心愛①
転移者を一人、元の世界に還した。
なんだか間抜けな女性だったが、魂を抜き取る術をこの世界でも使えたらしい。危ないところだった。
隣人の曽根崎を騙していた魔導師も、同じ様な事ができると考えた方が良さそうだ。
しかし、俺にはそういった術に対抗するものを何も持っていない。
女神は「助けてあげてもいいけど、本当にいざという時にしないと…いつまでたっても男に戻してあげられないよーん」とふざけたことを言っていた。
…ミクさんに相談してみるか。
ただ、その前に仕事だ。
今日の商談は新しい提案書を使う。
先方は会うなり俺の記憶喪失と突然の変わりぶりに驚愕していたが…
「実はね、東雲さん…ウチの部長が貴女から商品を買う様に言っててね…今までほら…失礼だけどあんな格好なさってたでしょ…」
やっぱりあの見た目を武器に営業してたのか。
「はい…以前は失礼しました…申し訳ありません」
「いいんですよ。あの部長もそろそろ引退なんで清光さんは今回でお断りしようかなと思ってました。ところがね、今日ご提案いただいた内容ですが…これが求めてた内容だ!って思いましたよ!今後は変にご自身を切り売りせずに、こういうご提案をお願いしたいです!」
「…もちろんです。今後もよろしくお願いします。早速ですが…」
商談はうまくまとまり、俺としての初回訪問にも関わらず、それなりの金額で成約になった。出来る事が多いと仕事が楽だ。
昼になったので公園で弁当を食べることにした。曽根崎の弁当を取り出す。
昨日聞いたが、あのハートマークは「お詫びの気持ち」との事。変な人だ。今日は可愛い猫のキャラ弁だった。俺の中身が男だってわかってるだろ!やめろ!
…しかし、味は美味かった。母の弁当を最後に食ったのは亡くなる前だったから、随分前になる。
曽根崎はいい奥さんになれるな。あの性格を許容できる人がいれば。
そうだ。ミクさんに電話しなければ。そう思って電話を取り出したところでちょうど電話が鳴った。
『しの!アンタ今度連絡っていつよ!』
先日メールを返した相手だった。
「あ、ごめん」
『ごめんじゃねーし!どうしたのアンタ?最近ウチの店にもこねーし、別の店で買ってんの?』
な、なんの店だ…ヤバい薬とかじゃないだろうな…
「や、間に合ってるというか…」
『間に合う?そんなわけないじゃん!ウチ無しじゃ生きてけないくせに!』
やっぱりヤバい薬か!?
「いやぁ、もう卒業っていうか…」
『マジ?なに?もしかしてアンタ、今大人しいカッコしてんの?』
ん?
「そう、だね…いや、あのね。事故にあって記憶喪失になっちゃって…あなたが誰かすらわからなくて…」
『は?マジ?アタシがわかんねーの?ここちゃんでしょ!天衣社の!』
ここちゃん!?枡田こころ!?そんな口調じゃないだろ!どういう事だ?そして天衣社!?
あ。服屋か。ヤバい薬じゃなくて良かった…
『ま、アンタは絶対そう呼ばなかったけどー。サカマキココアだよ。マジで思い出せないの?』
サカマキココア、それでここちゃんか。
「うん、ごめん。母親の事すら忘れてるから…」
『やっべ!ガチで重症じゃん!アタシ今日アンタの家行くわ…あれ?家知らねえわ!ウケる!』
「いや、これからそっちに行くよ。お店、どこ?」
仕事の話も出来そうなので行く事にする。
俺はサカマキ…坂巻心愛から店舗の場所をメールで受け取った。
話ぶりからして…俺が捨てまくった、しのぶの派手な服の調達先の様だ。
さて、あの喋り方で、本人はどんな人物なのか…




