第2話 俺は確かに、男のはずだった。
「なんでこうなった!?」
俺は自分の両乳を掴みながら叫んだ。結構デカいな。いや、そんな事考えている場合じゃないんだ。なんだこの身体は! 性転換手術なんて頼んでないぞ!?
「えっと……東雲さん?」
看護師は顔を引きつらせながら俺の名を呼ぶ。
「エ? だって、オレ、オンナ! オッパイ!?」
「なんでカタコトなんですか。そりゃ女性ですから、おっぱいありますよ。それも余分にあるじゃないですか! なんですか! そんなデカチチぶら下げといて! 要らないなら私にくださいよ! 加古先生! 私に移植お願いしまーす!」
……突然怒り出した看護師の胸は、たいへん奥ゆかしいサイズだった。
「やめなさい喜多嶋クン。そんなもの無くても、充分モテてるでしょ、キミ」
加古医師は看護師の奥ゆかしい胸を見ながら、ため息をついた。
「そういうことじゃないんです! おっぱいがほしいんです!」
喜多嶋は本気の表情だ。何だこの人……
「えっと、なにがなんだか……」
何から聞いていいかさっぱり分からない。
喜多嶋の意味不明発言を聞き流しながら、加古医師は俺の顔を見つめて難しい顔をしている。
「フム。キミの名前、年齢、性別、国籍、お仕事は?」
俺が何も聞けずにいると、逆に医師に質問された。
「……え? えっと、東雲忍。25歳。男、日本、営業職です。いや、そうじゃなくて…」
「ムム……性別以外全部合ってるネ…」
加古医師は難しい顔をする。
「ムム、じゃなくて! なんで性転換手術しちゃったんですか!?」
「……してないヨ。ワタシはキミの頭の怪我を治しただケ」
「頭?」
そういえば、トラックに轢かれて全身を打ったはずなのに、身体に怪我が無い。
「そうだヨ。キミはデパートのエスカレーターから転落して、後頭部を強打したんダ。覚えてなイ?」
「デパート……転落……?」
わけが分からない。
「加古先生、これ……どっちですか?」
喜多嶋は怪訝な顔で俺を見ながら、加古医師に質問する。
「どっちだろうネ……難しいヨ」
加古医師は眉間にしわを寄せて唸った。
「なんの話をしてんだよ! どうなってんの!?」
俺は声を荒らげたつもりで叫ぶが、甲高い声が病室内に響いただけだった。
「東雲さん。我々にも判断がつかない事が起きているから、とりあえず、検査しようカ。準備をするから待っててヨ」
そう言うと医師と看護師は病室を出ていった。よく分からない単語が、ドア越しに聞こえていた。
「なんなんだよ……」
そう呟いて窓を見ると、頭に包帯を巻いた、見知らぬ女が写っている。今の俺の姿だ。
……整った顔をしている。美女、いや、可愛いという部類だろう。胸も尻も大きくて、腰はくびれている。これはモテそうだ。
ただ、俺の好みのタイプではない。どちらかというと俺は、さっきの看護師、喜多嶋みたいな……どこにでもいる様な普通の顔の女が好きだ。お近づきになれないかな。
「……いやいや!そんな事考えてる場合じゃないから!」
「自分のモノローグにツッコミされてもわからんヨ」
いつの間にか病室内に戻った加古医師に、ツッコミを入れられる。
「……先生、人の心を読めるんですか?」
喜多嶋が眉をひそめる。
「ちょっとだけネ」
加古医師はニヤリと笑った。
「えっ、キモっ……」
「そりゃないだろ喜多嶋クン!」
医師と看護師が漫才を始めた。本当になんなのこれ。
「あのー……」
加古医師は、喜多嶋を軽く睨んでから、ゴホンと咳払いをした。
「……キミは、東雲しのぶさんなんだよネ?」
「はい」
「別の人格が、入り込んだような感覚はあル?」
「全然ありません」
「ここは、まったく見慣れない世界?」
「えっと、初めて来る病院ですね」
「喜多嶋クン」
「はい」
「わからんネ!」
医者はさじを投げた。
「さっきから、いったい何を聞きたいんですか!?」
俺はまた声を荒げようとするが、やはり女の声なので、うまくいかない。
「先生、東雲さんも困ってるし、もうめんどくさいから言っちゃいましょ!」
看護師もさじを投げた。だからなんなんだ!
「ウーム…」
「ごめんごめーん! 加古ちゃん、ミクちゃん、あとはやっとくね!」
加古医師が唸っていると、どこからともなく、若い女の声が聞こえて来た。
そして突然、病室が光に包まれた。
「な、なんだ!?」
俺はベッドに腰掛けたまま、左右を見渡す。
眩しくて何も見えない。
「どうなってるんだ!? 先生! 看護師さん!?」
光が落ち着くと、ベッドは消え去り、俺は雲の上に座っていた。
「え……?」
「さて、と……」
頭上から声がする。目の前に女の脚。俺が顔を上げると、そこにいたのは金髪碧眼の美しい顔をした──
──ギャルだった。
「なんで!?」