第18話 初出勤③
等々力から一通りレクチャーを受けて思ったのは、今まで働いていた会社のやり方が非常識だったということだ。
俺は高校を卒業してすぐ就職し、転職もしたが7年間、ひたすら営業をしてきた。
門前払いも何度も経験した。
土下座した事もあった。
1件も取れない日は会社に戻れなかった。
提案書の準備で徹夜した事もあった。
ところが清光商会の仕事のやり方はそうではないらしい。
3課の基本は紹介営業とルート営業。しかも紹介元もキヨミツグループ内部からがほとんどだという。巨大企業の特権である。
「さて。東雲が取り扱っていた案件だが、急ぎのものは皆に振り分け済みだから、残っているものを確認していこうか」
等々力がPC操作を始めた時、スッとドアが開いた。腰の低そうな男性と、明らかに立場の高そうな男性が入って来た。その瞬間、等々力はすかさず立ち上がって一礼した。
俺も合わせて礼をする。
「いらっしゃいませ!」等々力は声を張り上げる。
「こちらが3課です。えー、今は課長と、社員が1人だけいますがあと4名おります」腰の低い男性が偉そうな男性に説明する。
「なるほど。で、ここは中小メインの部署だったね?」
「はい。予算最小限で運営しています。では次は2課に行きますか。お先にどうぞ」
俺たちを無視して会話は終わった。腰の低い男性が扉を開けた。等々力はずっと頭を下げている。
「じゃ、頑張って」偉そうな男性はそのまま出て行った。
腰の低い男性が残り、扉を閉めた。
「湯沢さん!なんで本社の部長が来てるんだよ!」
等々力は腰の低い男性に小声で迫った。
「いや、急にいらっしゃったんだよ…これから重要な会合があって、うちの営業部長がアテンドするらしくてさ…ごめん。ん?この子は?」湯沢は俺を見た。
「東雲ですよ」
「東雲…さん!?変わったね…記憶喪失って本当かい?」
「はあ…そうですね」
「そう。とりあえずそんな感じで忙しいからさ、後日対応するからよろしく」
腰の低い男性は急いで出て行った。
「焦った…」
等々力は一気に疲れてしまっている。
「…あの2人は?」
「ああ。うちの本社の田辺事業企画部長と、後で出て行ったのは総務課長の湯沢さんだ」
「何の用事で来たんですか?」
「用事は無いが…本社部長が支店に来たら全部署に顔を出すものなんだよ」
意味がわからない。大企業ならではといった感じがする。
「はぁ…」
「偉い人なんてそんなもんだ。さて、続きをやろうか」
その後仕事内容をおおよそ聞いたが、俺に残された訪問先はたったの10件。これは2日でまわる件数だろうか?
「あの…このお客様って次のアポは取れてたんでしょうか?」アポイント。訪問約束。
「アポは…えー、1件だけだな。ちょうど明後日だ。明日中に提案資料を準備しておかなきゃな。じゃあ、次はそれをやるか」
「他の9件は?」
「んー、まだ先月訪問したばかりの様だから…何社か明後日の顧客と似た案件があれば同じ提案書を用意して、その後アポ取りしてくれ」
…そんな感じでいいのか?それでモノが売れるのか?
営業マンは移動しながらアポを取り、行き帰りで目に付いた企業に飛び込み、1件でも多く成約させ、社に戻ってから提案書や見積書を作るものだと思っていた。
それが、提案書を日中に作って明後日に備える…?正気か?
「どうした?東雲?」
「あ、いえ…」
ホワイト企業は何から何まで俺の常識とは違っていた。
「戻りましたァ!」
勢い良く扉を開いて、若い男性が入って来た。




