第11話 ダメ女の生活事情
「さーて、私の部屋はどんなっかなー?」女神ナターリャが楽しそうに玄関ドアを開ける。
「うっ…」
しのぶの部屋の扉を開けた俺とナターリャは、とんでもない光景を目にする事になった。
玄関口には脱ぎ捨てた靴が散乱し、廊下には脱ぎ散らかしたストッキングとタイツ。5月の気候には合わないダウンコート、帽子、手袋。空になったコンビニのビニール袋もある。
「…」
「どうすんだコレ…」
俺たちは数秒間、呆然とその場に立ち尽くした。
「わ、私の力で…」ナターリャは両手を前に突き出した。
「ちょっと待て!それをやったら温存してるパワーが減るんじゃないのか!?」
「…そっか」ナターリャは腕を下ろした。危ないところだった。
「廊下もひどいが…」ドアは当然開けっ放しになっており、居間の様子がうかがえる。
脱ぎ散らかした衣服。脱いだパンツやブラジャーがこの中に紛れているが、全く嬉しくない。汚すぎるのだ。
お菓子の袋、コンビニ弁当の容器、テキトーに開封された封筒、なにかの書類、通販の段ボール、化粧品、食器、バッグ…
それらはまだマシな方で、テーブルの上とキッチンが地獄絵図だった。
食べ残したスープが腐って、油膜ではなくカビが浮かぶカップラーメン。
シンクの中で食器が山になっており、山頂のレトルトパウチからは謎の汁が滴っている。
ほかにも目を覆いたくなるような光景が広がっている。
冷蔵庫の中など見たくもない。
「よし。ナターリャ」
「何?」
「今日はホテルに泊まろう。掃除用具が必要だ。明日、俺がやるよ」
「が、頑張って…」
俺たちはそっと玄関のドアを閉じ、ビジネスホテルに泊まった。
翌日。ホテルは早朝にチェックアウトし、喫茶店で時間を潰す事にした。
ナターリャは昨日と同じ、バナナチョコレートナントカパフェを希望したが、朝だからダメだと言ってやめさせた。
ナターリャを送り出した俺は、買い物を済ませて掃除に取り掛かった。
9割がゴミだったので掃除は案外楽だった。服は派手なものばかりで着たくなかったし、唯一まともと思えるスーツもスカートで、履きたくないので全て捨てる事にした。
個人情報関係は男の時より気を付けろと喜多嶋に言われていたので全て裁断。
キッチン周りのヘドロに吐き気を催しながら掃除。
化粧台周辺とベッド、風呂場だけは無駄に綺麗だった。ここが生活スペースだったのだろう。
化粧品も、喜多嶋に教わった基礎の化粧品以外のものは全て処分。
…こうして見てみると、しのぶがどんな生活をしていたかなんとなく想像できる。
外食とコンビニ中心の食生活。趣味もなさそうだ。自宅ではメイクとシャワー以外は寝るだけ。服装は派手なのに男からの連絡は一切無く、男漁りをしている感じも無い。
しのぶ…お前は何を考えて生きて、最期は何を思ったんだ。
いくら考えても、彼女の気持ちなどさっぱり分からなかった。
午前中に部屋はそれなりに片付き、ゴミ袋15袋分のゴミが出た。
ゴミに埋もれていた姿見に自分が写った。痩せ型で、胸は大きく尻は小さい。髪は長かったので退院前に喜多嶋に短く切ってもらった。
顔はメイクが要らないほどに美人なのだが、入院生活のうちに見慣れてしまった。美人は3日で飽きる。その上自分の顔である。
さて、色々片付いた。私服も喜多嶋が用意した最低限はある。俺は料理も出来ないが、高校生と一緒に暮らす以上何か作る必要もあるだろう。まあ、当面は外食にしよう。
色々片付いて一息ついたところで、ふと気付いた。
「タバコ、吸いたいな…」




