第四章 鳥は大地を歩かない
太陽が中天に昇る前にルイゼたちは出発した。二頭立ての四輪馬車を調達し、ベルントが御者席に座る。
目指すは西だ。レーゼル帝国西部は海に面しており、港町や漁村がある。天気は快晴。人通りの激しい市街を抜け、旅人が多く利用する沿道を進んでいく。
団長を警戒して、念のため兄妹はかつらで変装をしていた。だがそれも少しの辛抱である。うまくリーム市から離れられれば、団長や叔父の追跡を心配する必要はなくなる。
順調な出だしに、ルイゼはほっと胸をなで下ろした。
(これならいけるかも)
目的地までは長い道のりだが、フェイとレネ、ベルントがいれば、楽しい旅になるだろう。
ルイゼは少なからず浮かれていた。鼻歌だって歌ってしまいそうな勢いだ。
だから、油断していたのかもしれない。
森に差しかかり、平坦な道中に気が緩んできた頃。昨日と似た強い視線がルイゼを絡めとった。
「ベル爺、馬車を止めて!」
ルイゼの制止の声を受けて、ベルントは手綱を操った。馬はいななき、足を止める。そうして停車したのとほぼ同時に、ルイゼは馬車から身軽く飛び降りた。
道幅は広い。四頭立ての馬車が悠々と行き交えるほどだ。荷馬車を引く商人や旅人も少なくない。両脇は木々に囲まれている。どこからどう見てもうららかでありふれた風景だ。
(だけど、間違いない。誰かがこっちを見ている)
ルイゼは周囲を見回した。しかし出所は特定できない。
「ルイゼ……」
ベルントが緊張をはらんだ声でつぶやいた。彼もルイゼと同じものを感じているようだ。
「待ち伏せじゃろうか?」
「どうだろう……。ちょっと様子を見てくる」
ルイゼが駆けだそうとしたところを、ふたつの声が呼び止めた。
「ひとりじゃ危険だわ」
「そうだよ。どんな奴かわからないのに」
兄妹が馬車の窓から顔をのぞかせていた。その表情は硬い。彼らもこうした気配には敏感なはずなので、不安に思っているのだろう。
「ぼくも行くよ」
「ありがとう。でも、私は平気」
馬車から降りようとするフェイを、ルイゼはかぶりを振って制した。
「フェイはレネを守ってあげて」
「でも、ルイゼだって女の子なのに……」
「それは問題ない。生憎、女の子とは縁遠い環境で育ってきたから」
フェイの不安を払拭するため、ルイゼはわざと冗談めかす。渋面のベルントも、最終的にはルイゼに同意を示した。
「ここはいったんルイゼに任せよう。……くれぐれも気を付けるんじゃぞ。危なくなったらすぐ戻ってこい」
「わかっている。安心して。逃げ足には自信があるから」
なおも心配そうなフェイには強気に笑ってみせる。
「フェイ。レネとベル爺を頼んだよ」
「……無理しないでね。絶対に」
「約束する」
ルイゼはうなずき、森へ分け入った。沿道から外れ、深い森の奥へ、気配を頼りに慎重に進む。
兵士養成所におけるルイゼの主な役目は兵士の監督だったが、多少の戦闘術も身に付けていた。場合によっては不審者を倒すことも不可能ではない。
踏んだ枝が音を立てないよう、茂みの葉を不用意に鳴らさないよう、細心の注意を払って先を急ぐ。気配の出所との距離が徐々に縮まっていく。
まもなく、木々の合間に人影を発見した。大木の幹に背中を押し当て身を隠し、枝葉の隙間から様子をうかがう。
男がひとり、こちらに背を向けて立っている。
(いったいなにを……?)
正体を見極めようと目を凝らし――気づいた事実に瞠目した。
肩幅が広くがっしりした長身の男だ。茶色の髪はおざなりに伸びている。着ているのは薄い草色の上下で、襟元がきっちり詰まった長袖に、動きやすさを重視した下衣だ。すねまで覆う革の長靴は底がしっかりとしていて、そこらの商人や旅人が着用する代物ではない。
何年も見てきたのだ。間違うはずがない。――それはレーゼル帝国の戎衣だった。
(まさか……)
ルイゼはふらりと無防備に歩み寄った。
「どうして……」
彼は振り返った。長めの前髪の隙間からのぞく琥珀色の瞳がルイゼをとらえる。滅多なことでは揺るがないその瞳も、浅黒い肌も、見覚えがあった。
ごくりと唾を飲みこんでから、ルイゼは彼の名を呼んだ。
「ロルフ……」
青年はなにも言わず、清廉な瞳でルイゼをじっと見つめている。
目の前に立っているのは、兵士養成所で別れたロルフに違いなかった。
「どうして? 北へ行かなかったのか?」
ルイゼは激しくうろたえた。ロルフは狼に戻り、森へ逃げたはずだ。その彼がどうして人の姿でこんなところにいるのか。
「もしかして捕まったのか?」
いや、違う。問題はそこではない。もっと重要なのは。
「叔父貴……バルドゥルに会ったんだな!」
現在、ルイゼと叔父以外で異能を行使できる人間はいなかった。だからロルフを人に変化できるのは彼だけなのだ。
(叔父貴が来ている!)
「昨日、私たちを見ていたのもロルフなのか? 私を連れ戻すために!」
「……命令には逆らえません」
表情の変化に乏しい寡黙な青年は、ようやくそれだけを言った。
(まずい……!)
ルイゼは即座に踵を返した。服が下枝に引っかかるのも構わず、猛然と走る。振り乱れた髪を気にする余裕もなく、ベルントたちが待つ馬車まで急ぐ。
そうして大して時間もかからず目的地に到着したが、そこでは馬車が一台増えていた。ベルントの馬車の周囲は、馬にまたがった兵士たちが取り囲んでいる。おびえたように通り過ぎる無関係な通行人に、彼らは威嚇の眼差しを向けていた。
「そんな……」
全身の血の気が引くようだった。フェイやレネはおろか、御者台にいたはずのベルントの姿さえない。
「ベル爺! フェイ、レネ!」
「大声を出さずとも聞こえる。この跳ねっ返り娘が」
黒い絹織の紳士服を折り目正しく着こなした男が、新しく加わった馬車から降りてきた。ルイゼは真っ向から彼をにらみつける。
「叔父貴……!」
「その顔はないだろう。久々に会った身内だぞ。……もっとも、私も穏やかな気分ではないのだが。不肖の姪のせいでな」
鋭利な眼差しがルイゼを射抜いた。ルイゼと同じ茶色い瞳だ。
赤い髪をなでつけた叔父のバルドゥルは、三十歳になったばかりだ。彼の兄――ルイゼの父とは歳が離れていたので、叔父と言うにはまだ若い。背格好や造作は生前の父によく似ているが、叔父は眼鏡をかけている上に目つきがよくないのでだいぶ印象が異なる。
若くして次期当主の後見人となった叔父の苦労は、ルイゼも認めていた。彼が一族のために骨身を削っていることも知っている。しかし意見の相違から叔父とは折り合いが悪かった。
「おまえ、どれだけ私に苦労をかけさせるつもりなんだ? 姪の不手際のために払った労力がいかほどのものか、少しは想像力を働かせてほしいものだ」
「だったら叔父貴が家督を継げばいいじゃないか」
「そういう問題ではないし、そういう訳にはいかないことを、おまえも承知しているべきなんだが」
「そもそも、やけに手際がいいじゃないか。知らない間にリームから二日の土地に引っ越していたのか?」
「所用でたまたまこっちへ向かっていたんだ。おまえにとっては間の悪いことにな」
叔父は眉間に深いしわを刻んだ。ぴりぴりとした近づききがたい雰囲気を醸される。それでもルイゼは負けじと眉を逆立てた。
「ベル爺たちはどこにいる?」
「心配しなくても傷つけてはいない。おい、ここに連れて来い」
「はっ!」
命じられた兵士が馬車の影に引っこんだ。にわかに「痛い」だの「放して」だの騒々しくなり、引っ立てられるようにしてベルントたちが姿を見せる。
「ベル爺、フェイ、レネ……」
怪我をしている様子はなかったので、ルイゼはひとまず安堵する。
彼らは両腕を縄で縛られていた。ベルントは屈辱に顔をゆがめ、レネは縄が食いこんだ腕を痛そうにしている。フェイは隙あらば暴れようとするので、兵士がふたりがかりで取り押さえていた。兄妹の金髪もあらわになっている。どうやらかつらを見破られたらしい。
「すまん。真っ先にレネを狙われ、どうしようもなかったんじゃ」
ベルントが口惜しそうに謝った。叔父は居丈高に言い放つ。
「兵士養成所へ戻れ、ルイゼ。彼らを無事に解放してほしければな」
「……相変わらず卑怯だな、叔父貴……」
「ふん。私にとっては褒め言葉だな」
嫌味を言ったところで叔父はびくともしない。ルイゼはぎりりと奥歯をかんだ。
抵抗しても事態を悪化させるだけだった。彼らを大切に思うならば観念するしかないのだ。
ルイゼは固く目をつむった。遠い昔に見た海が、脳裏で波音を立てる。
(行きたかったな、海……)
ルイゼは肩の力を抜いた。幻想に別れを告げる覚悟を決める。
「……わかった。私は、私の責務に戻る」
「ルイゼ!」
両脇を固める兵士を振り切るように、フェイが痛切に叫んだ。そんな彼を安心させたくて、ルイゼは小さく笑ってみせる。
「私は平気だよ。もとの生活に戻るだけだし。……ごめんね、一緒に海へ行けなくて」
「そんなこと……!」
フェイはもどかしげに兵士を振り払おうとするが、ひとりの力でかなうはずもない。ルイゼはうつむいた。無駄な抗いを続けようとする姿を見ていたくなかったのだ。
「もうやめて、フェイ。もういいから……」
「よくないよ!」
「いいんだ、これで!」
「ルイゼ……」
フェイは不本意そうに口をつぐむ。ルイゼは手近な兵士に片手を差しだした。
「短剣を貸してほしい。約束だからな。拘束を解かせてもらう」
三人を戒める縄を切りながら、ルイゼは叔父に話しかけた。
「この兄妹も自由にしてくれるんだよな?」
「ああ、例の至宝か」
叔父は面倒くさそうに答えた。
「事の次第は聞いている。リームに到着してすぐ、泡を食ったオーピッツに泣きつかれたからな。その時は、まさかおまえが犯人だとは思いもしなかったが」
おまえはなにをやっているんだ、とそのあきれ顔が訴えていた。団長は貴族にも顔が利く。ルイゼと違って社交場に通っている叔父は、彼とも顔見知りだったようだ。
ルイゼは構わず、話を進めた。
「ふたりを歌劇団に戻さないようにしてくれないか。……誓ってくれるまで、ここから一歩も動かないからな」
「くだんの団長がどれだけ被害に遭おうが、私の知ったことではない。そんな誓いでいいのなら、いくらでも立ててやるよ。……だが、その誓いがはたして意味を持つのかどうか」
彼はちらりと背後を見た。つられてルイゼも彼の背後――リーム市街へ続く沿道へ目を向ける。そこには土煙を上げる勢いでこちらに向かってくる馬車があった。窓から顔を出しているのは、はげた肥満男である。
「クラッセン様! 首尾よく犯人を捕らえたようですな!」
フェイとレネは顔色を変え、同時に男を呼んだ。
「団長……!」
フェイたちが逃げようとするより早く、団長の馬車が追いついた。団長は転げるようにして馬車から降りる。
「クラッセン様がこちらへ向かわれたとお聞きしたんです。それで、もしやと追いかけてみたら、案の定でしたな! 神よ、感謝いたします!」
彼は神に祈りをささげる仕草をした。それから両腕を広げて兄妹に歩み寄る。
「怪我はないようだな。心配したぞ!」
彼らを抱き締めて、再会の喜びを演出しようとしたらしい。だが兄妹がルイゼの背後に隠れたため果たせなかった。団長は一瞬、唾棄せんばかりの形相になったが、瞬く間に取り繕い、叔父に向き直った。恰幅のいい腹を揺らして、高らかに笑う。
「クラッセン様、お見事ですな! 身の細る思いもこれで終わりですよ!」
彼は感謝の意を表して叔父の手を強引に取った。しかし叔父はすげなく振り払い、人情味の欠片もない声音で返した。
「偶然でしょう。私の目的は、あくまで姪の捜索でしたので」
「ご謙遜なされますな。代々軍部に協力されている一族のお力故でしょう。そうだ、是非我が公演にお立ち寄りくだされ。喜んで特等席をご用意いたしますぞ。ご存知でしょうか。近々、皇帝も我が公演をご覧あそばされるんです。この栄誉を誇りに、我が興行人生最高の舞台に仕上げ、帝国史に刻む夜にしてみせましょうぞ」
団長は野心家のように目をぎらぎらと光らせた。一方、叔父は不快そうに眉間にしわを寄せる。
レネは沈痛な面持ちでフェイに身を寄せた。フェイはその細い肩を強く抱き締める。
皇帝の来訪となれば、団長は一座の至宝を意地でも手離さないだろう。これまで以上に厳重に監督しようとするかもしれない。いつでも逃げだせるとフェイはうそぶいていたが、これからもそれが通用するだろうか。
兄弟を背後にかばったまま、ルイゼは団長をにらみすえた。
ふたりを引き渡してはならない。フェイの背中に、鞭の傷跡を増やさないためにも。
(そのためなら、たとえ恨まれても)
ルイゼはいったん瞳を閉じ――意を決して、開けた。
「……フェイ、レネ」
兄妹の手をそっと握る。
「ルイゼ……?」
無意識のうちに表情が険しくなっていたのかもしれない。レネが不安そうな顔をする。
彼女よりも理解が早かったのはフェイであった。
「嫌だ! 離して……!」
彼が腕を振りほどこうとする寸前、ルイゼは唱えた。
「〈解く〉」
もともと人あらざる兄妹は、たちまちのうちに姿を変えた。つかんでいた温もりが、ルイゼの手からするりと抜ける。中身を失った衣服がぱさりと地面に落ちた。代わりに現れたのは、ネロノと呼ばれる美しい二羽の鳥。
レーゼル帝国東部にしか生息しない希少な鳥類だった。鳩ほどの大きさで、黄金のごとく輝く羽毛に覆われている。瞳の色は雄が青、雌が緑と、雌雄で異なる。
この稀有な鳥は、帝国内はもちろん、他国にも広く知られていた。至上の美声を奏でるからだ。一度その歌声を聴いた者は一生忘れないとさえ評されている。
ルイゼは懐かしい思いで二羽の鳥を見つめた。
(母さんも、もとはネロノだった)
兄妹と初めて出会った時のことを思い出す。巣から落ちた、二羽の小鳥。このまま放置すれば遠からず死ぬだろう小鳥を世話したのは、両親を失った寂寥感を紛らわせるためだった。
レネはルイゼから自由の翼をもらったと言ってくれたけれど。
(最初に翼を奪ったのは私じゃないか)
鳥は大地を歩かないのに、地面に縫い止めてしまったのだ。
「ルイゼ……」
ベルントが残念そうにつぶやいた。その顔を直視できず、彼に背を向ける。
羽ばたく二羽のネロノを呆然と眺めていた団長は、やがて頓狂な悲鳴を上げた。
「き、き、貴様、なんてことをっ! 今すぐ人に戻せ、戻せー!」
薄くなった頭髪を怒りに逆立たせ、ルイゼの襟首をわしづかみにする。その怒りを、ルイゼは真っ向から受け止めた。
「彼らの待遇は聞きました。その上での判断です」
「小僧がなにをほざく! 路頭に迷っていたこいつらを拾ってやったのはオレだぞ? 貴様に口出しされるいわれはない!」
団長の目には、ルイゼは男に見えるらしい。よくあることなので訂正せずに淡々と見返す。
「では、こうしましょう。私が彼らを買い戻します」
「金など要らん! オレが欲しいのは……!」
そこで団長は声を詰まらせた。怒気で赤らんだ顔で、ルイゼの胸倉をぎりぎりとつかみあげる。さすがに息苦しくなった頃、冷静に叔父が動いた。団長をぐいと押しのけルイゼから引き離す。
「オーピッツ殿。私は彼女の後見人です。乱暴な振る舞いをされるのでしたら、黙っているわけにはいきません」
「こいつは盗人だぞ! 正当性があるのはオレだ!」
団長は火を噴く勢いで叔父に詰め寄る。叔父は眼鏡の奥の瞳を怜悧に細めた。
「こちらに非があるか否かの判断は役人に任せましょう。ほかの団員や旅籠の者の証言を入念に集め、間違いのない詮議を行えるよう取り計らいます。それで納得してくれませんか?」
「ぐっ……」
団長は反論できない。叔父の主張は強引だったが、彼の言葉を奪うには有効であった。団員を虐げていた事実が明るみになれば、たとえルイゼが有罪判決を受けたとしても、団長の咎も追及されるだろう。それは歌劇団の未来に重大な傷を付ける。
団長は憤怒の表情で全身を震わせた。
「これだから帝国は……血の海に浸って死んでしまえ……!」
ルイゼは眉をひそめた。単なる悪態にしては不穏すぎる文句である。
彼は道端に唾を吐き捨てた。
「所詮はけだものの一族だな! 人間よりも禽獣の味方か! 反吐が出る!」
そうして荒々しく馬車に乗ると、来た道を引き返していった。
ルイゼはほっと息を吐きだし、頭上を見上げた。二羽のネロノがゆっくり旋回している。
「東を目指せばいいよ。君たちの仲間が今もあの森で暮らしているから」
彼らは戻るべきなのだ。クラッセンの屋敷近郊にある、ネロノが生息する森へ。
だが兄妹は離れようとしない。ルイゼは軽くため息をついた。
「ベル爺、悪いけど、フェイたちを任せていいかな?」
「ルイゼ……」
ベルントは悲しそうにルイゼを見やった。ルイゼは苦く笑う。
「そんな顔しないでよ。団長と縁を切るためなんだ。仕方ない」
「奴はもう去ったぞ。人間に戻してやったらどうじゃ」
「だけど、団長はあきらめないかもしれないよ。そして、また捕まりそうになったら鳥に戻して? ……そんなこと、いつまでも繰り返せないよ」
ルイゼはうつむいた。頭上ではネロノが美しい声で鳴いている。
「私は兵士養成所に戻るんだ。……もう彼らのそばにはいられない」
「しかし、これでは……」
なおも言いたげなベルントを黙殺して、ルイゼは叔父と向き直った。
「団長に喧嘩を売ったりしてごめん。かばってくれて……ありがとう」
普段は言わないことを言ったため、声が尻すぼみになる。叔父はふんと鼻を鳴らした。
「私は私の務めを果たしたまでだ。奴の力になってやる義理もない。歌劇など私には不要の娯楽だからな。さあ、さっさとロンベルクへ行くぞ」
「……うん」
たった数日の冒険だったと、ルイゼは諦観の境地で思った。戎衣に身を包み、戦争の準備に明け暮れる生活が再開されるのだ。
ルイゼは叔父の馬車に乗せられた。馬車の窓から顔を出し、もう一度ベルントを見る。
「いろいろわがまま言ってごめん。フェイたちのこと、頼んだからね」
「そんなこと気にせんでいい……」
ベルントの返事は馬蹄の音にかき消された。ロンベルク兵士養成所へ向けて、馬車は走りだす。
正面に座る叔父は、まるでルイゼを監視しているかのようだった。彼との会話に花を咲かせられるはずもなく、ぼんやりと窓の外を眺める。
いつの間にか合流していたらしいロルフが、馬車と並走する兵士たちに混ざっていた。警護のため――というより、ルイゼが脱走しないように見張っているのだろう。
(まさかロルフと再会することになるとは……)
だが経緯はどうあれ、フェイたちをもとの姿に戻すという目的は果たせたのだ。そこは喜んでいいのかもしれない。
フェイとレネの先行きが幸福に満ちたものであってほしいと、ルイゼは心の底から祈った。