第四章 -2-
稲目の窟戸から楯縫の郡家に戻った堅魚と麻奈古を驚かせたのは、二人が出発してからもう十日も過ぎていたということだった。
桃花源での数刻は、この現世での数日に当たるのだろうか。
堅魚たちが楯縫を出てから五日ほど経った頃、楯縫の郡家に麻奈古の母の里から遣いの者がやってきた。
久しぶりに祖母の顔を見に来るという文を送ってきた麻奈古が、約束の日になってもまだ着かないというのだ。
その恐るべき報せに、楯縫の郡家は大騒ぎになった。
史はその話を聞いたとたん、衝撃のあまり軽い卒中の発作のようなものを起こしたらしく、それ以来すっかり離れ家で寝込んでしまった。
太田の方はもう半狂乱になり、自ら出雲郡にまで出張って行った。
そして、脳の磯までの道すがら、あたり構わず出会う人々を全て掴まえて、麻奈古らしき女のことを尋ねてまわったようだ。
その結果、出雲郡の大領である佐底麿とその一党が、その頃この辺り一帯を徘徊し、どうやら誰かを探しているようだったということがわかった。
それを聞いた太田は、すぐさま出雲郡の郡家のある出雲郷まで馬を飛ばし、こめかみに青筋を立てながら佐底麿の館へ怒鳴り込んだ。
いつもは穏やかで円満な太田の、いつになく凄まじい剣幕に、佐底麿は心底恐れをなしたらしい。
それに、太田は出雲国造である廣嶋の親しい身内である。太田を怒らせれば、実質的に出雲一国を支配している出雲臣氏全員を敵に回してしまわないともかぎらない。
佐底麿はその場で土下座して平謝りに謝ったが、太田は佐底麿を許さず、事の次第を厳しく問い詰めた。
そして、結局佐底麿は太田に、何から何まで白状させられてしまったのである。
麻奈古へ矢を射掛けた話を聞いたとたん、太田はいきなり佐底麿を張り倒した。
そして、今度楯縫に姿を現したらただちに斬り殺してくれると、大声で宣言したという。
しかし、出雲郷を出ると、太田はすっかり落ち込んでしまった。
佐底麿を痛めつけたことで一時の興奮が治まると、今度は麻奈古のために涙が零れてしようがない。
佐底麿が麻奈古たちを見失ったという脳の磯の方へ続く小道まで来ると、太田は今からこの辺り一帯で大規模な山狩りをしようと言い出した。
どうにかして麻奈古を助けたい。それが叶わないならばせめてその骸の一部だけでも探し出し、丁寧に葬ってやりたいと思ったのだ。
太田が泣きながらそう言い張るので、太田の供をしてきた楯縫の郡家に仕える者たちは、太田を宥めるのに大そう苦労したらしい。
それでも、とにかく一旦楯縫の郡家へ戻り、山狩りの支度をしてからまた出直そうと説得して、ようよう太田を楯縫まで連れて帰ったのである。
そして、太田が泣く泣く山狩りの支度を終え、出雲郡へ向かって再度出発しようとしていた矢先に、麻奈古と堅魚が楯縫の郡家へ戻ってきたのであった。




