表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/107

第三章 -25-

「まさか」


「本当の私は、どうしようもなく弱くて、卑怯で女々しい臆病者だ」


豊庭の男らしい口元に、どこか気弱な感じのする皺が寄る。


その薄い笑みに、堅魚はついむきになって言い募った。


「そんなことはありません。兄上はいつだって、皆の誉れだったではありませんか。雄々しく、立派で……私にとっては日本武尊そのものの英雄だった」


「お前はそう思ってくれていたのか。だが、それは私が被っていた仮面だ」


豊庭は寂しげに笑う。そして、俯きながら堅魚に問うた。


「お前は私の母のことを知らないだろうね」


「はい。父上の側女の一人だったということは、以前私の守役が教えてくれましたけれど」


すると、豊庭はぽつりと呟いた。


「私の母は元々、父上の父である宇麻呂様の妾の一人だったのだよ」


「ええっ?」


「宇麻呂様には、父上を産んだ人以外に、大勢側女がいた。宇麻呂様が死んだ時、それらの女たちは大方里へ帰されたが……父上はその中の一人であった私の母に目をつけ、密か里から連れ出して自分のものにしてしまったのだ」


「そんな」


「自分の欲望を果たすためなら、父上は手段を選ばなかった。主の媛どころか、自分自身の父の妻であった人まで」


堅魚の方へ目を向けながら、豊庭は苦虫を噛み潰すような口調で囁く。


そんな豊庭の顔を見ながら、堅魚は心密かに考えていた。


生涯正式な妻を娶らなかったほど、堅魚の母を慕っていたという豊庭。


そんな兄が結局最後まで義理の息子という立場を貫いたのは、父への反抗と軽蔑の気持ちからではなかったのか。


父のようにはなりたくない……それが、若き日の豊庭の想いを断ち切ったのでは。


そんな風に自分を見ている弟には気づかないようで、豊庭は淡々と話を続けていた。


だが、それは堅魚には意外なものだった。


「女のことばかりではない。何に対しても、父上は強引に事を推し進め、周囲の人間のことなど何の忖度そんたくもしなかった。それなのに、事が収まって冷静になると、ふいに自分のしてきたことを省み、一人密かにそれを羞じて後悔する。その繰り返しだったのかもしれないな、父上の人生は」


あの父もまた、ただの弱い一個の人間だったというのだろうか。


己の欲望を押さえきれず、かといって罪の意識からも逃れられず、ただそれらの迷いを全て胸の奥深くに押し込んで、超然とした振りをしている。


堅魚には初めて、石上麻呂という人物の実像が見えてきたような気がした。


しかし、たとえそうであったとしても、これまでの父の堅魚への仕打ちは、到底すぐには許せるものではなかったけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ