第三章 -9-
驚いて兄を見つめる堅魚に、豊庭はあの巨大な木の幹の洞を指差しながら呟く。
「もちろん、話を聞いた人間は父上だけではない。ここへ留まると決めてからも、都風の立派な身なりをした死人の魂があそこから出て来るたびに、私は時々呼び止めてはいろんな話を聞いていたのだ。現世のことは全て捨てたつもりだったのだが……どうしてもいろいろ気に掛かることがあるからね」
「私たちのことですか」
「ああ。ここへ来る死人たちは、みな現世の柵や肉体の制約から解き放たれたせいか、何でも包み隠さずしゃべるようになる。おかげで、私は知りたくもないことまで知る羽目になったよ。朝廷で起こる物事の裏の裏など、きっとその中で揉まれていたお前以上に知っていることだろう。だが、我が石上家のことは、なかなかわからなかった」
「私たちに身近な者で、死んだ人間はいませんでしたからね」
「そうだろう。しかし、私がここへ来てから、一年ほど経った頃のことだったか。あそこから出てくる死人の魂の群れの中に、私は父上の姿を見つけたのだ。最後に別れた時とはまるで別人のように、痩せ衰え老け込まれて、大そうお苦しそうだった」
堅魚はにわかに、父の最期の様子を思い出していた。
髪を振り乱しながら堅魚を退け、恐怖に引き攣った顔で悲鳴を上げた父。
父がそのような姿で黄泉国へ旅立ったのは、全て堅魚のせいなのだ。
そう思った堅魚は、豊庭から目を背けて俯いた。
だが、豊庭はただこう呟いただけだった。
「父上には、やはり私のことが堪えたのだろう。後継ぎが急に姿を消し、生死も知れないとあっては。父上はもう年だった。あのように弱られてしまったのも無理はない」
豊庭は豊庭で、父の死は自分の責任だと思っているらしい。
豊庭は溜め息をつきながら話を続ける。
「あの頑健だった父上が、あまりにもお窶れなのがいたわしくてね。私は思わず父上を呼び止め、こちらに連れてきて休んでいただいたのだ」
「父上は驚いたでしょうね」
「ああ。死出の旅の途中で、行方知れずだった息子と出会ったのだからな。だが、なぜ……とはお問いにならなかった。あまりにも今生でのことでお疲れになってしまっていたのか、死んでしまえばもう現世での縁や柵などどうでもよくなるものなのか。もはや、私にはさほどの関心はないようだった。ただ、私が尋ねたことにだけは、何一つ包み隠さずに全てを話してくれた」
そう言って、豊庭はじっと堅魚の顔を見た。
一体、兄は父に何を問うたのだろうか。
それが、自分に関係のあることのような気がして、堅魚は思わず息を呑んだ。




