第二章 -32-
おどけたように顔を顰めて凄む堅魚に、麻奈古は少し微笑を漏らした。そして、ふと思い出したらしく、小首を傾げながら堅魚に問う。
「そう言えば、さっきのあれは何だ」
「あれ?」
「佐底麿にお見舞いしてやったあれだ。物凄い音がしたが」
「ああ、あれですか。あれは、炭の粉に、硫黄と硝石を混ぜたものです」
「硫黄と……硝石?」
「我が国にはありません。唐の国で産する特別な石です。その三つをある割合で混ぜ合わせて火をつけると、物凄い音がして爆発するのですよ」
「どうしてそんなことに」
「私にもわかりません。都にいる時、唐の国の人から教わったんです。その人も本で読んでその作り方を学んだだけで、どうしてこんな音がするのか知らないそうですよ」
旅人への弔問の旅に出る少し前、都に渤海からの使者がやってきた。渤海は朝鮮半島の高句麗が滅亡した後、その遺民によって建国された新興国である。
堅魚も朝廷の一員として彼らと僅かながら交流を持ったのだが、その使節一行の中に唐人の医者がいた。
諸魚の病の治療法はないかと思って、堅魚はその医者にいろいろ話を聞いたのだが、その中でたまたま出てきたのがこの不思議な黒い粉の話題だった。
興味を持った堅魚は、唐人から少し硝石も分けてもらい、家に帰っていろいろ混ぜ合わせて試してみた。何か面白い兵器でもできないかと考えついたからだ。
だが、どう工夫しても、大した破壊力はなく、ただ大きな破裂音がするのが関の山。戦にはまるで役に立たない。
だが、導線のついた小さな紙筒に詰めると、持ち運びも容易いし、簡単に火がつけられる。
こんな玩具みたいなものでも、その存在を知らない人間にとっては、驚くべき品物だ。
びっくりさせるには十分だろう。相手をやっつけることはできなくても、護身程度には役に立つ。
だから、大宰府への旅が決まった時、できるだけたくさん作って、いつも身につけている石上神宮の守袋の中へ入れておいたのである。
幸い、今までこれを使うような危ない目には合わなかった。
だが、佐底麿と対峙した時、堅魚の脳裏にふと幼い頃のある光景がよぎったのである。
堅魚は昔から自分の腕力に自信がなかった。だが、それを嘆くと、兄の豊庭はいつもこめかみを指でつつきながらこう言ったものだ。
「頭を使え」
身体が大きくなくても、剣や弓が上手でなくても、そんなに羞じることはない。
体格や腕力は、ある程度生まれついてのものだ。それと同じように、お前は自分が天から授かった能力を伸ばせば良い。
そして、豊庭はしゃがみこんで、堅魚の頭を撫でながら言った。
「お前はとても頭が良い。男というものは、武に秀でていることだけが能じゃない。たとえ戦場であっても、頭を使える者こそが最終的には勝者となるのだ」
目の前にはお誂え向きの焚き火の炎。
だから、堅魚はとっさに、あの守り袋をその中へ投げ込んだのである。




