第一章 -4-
父の仕打ちは、堅魚の心を打ちのめした。
葬儀に来なかったくらいだから、父は母を大して愛してはいなかったのだ。
身寄りのない女に戯れに手を出し、自分のものにしたらすぐに飽きて、石上の森の中に置き去りにしたまま見捨ててしまった。
子供まで生まれてしまったから仕方なく暮らしの面倒は看るが、心の中ではそんな女と子供がどうなろうと構わないと思っている。
だから、守役に全てを任せたまま、ほとんど顔も見に来てくれないのだ。
でも、すぐ近くの布留の里に住む女の元へは足繁く通い、そこで生まれた子供たちは大そう可愛がっているのだという。
堅魚より年下の乙麻呂が、もう既に何度も都の父の屋敷に呼び寄せられていると守役から聞いた時、堅魚の心は凍りついてしまった。
父は自分たち兄弟を捨てたのだ。もう父が迎えに来てくれることはない。
その悲しい現実と父の仕打ちを、堅魚は弟の諸魚には言えなかった。
そんなことを言えば、身体の弱い諸魚は心痛のあまり死んでしまうかもしれない。
心の拠りどころである弟を失うことなど、堅魚には到底耐えられなかった。
だから、堅魚は全ての想いを自分の心の内一つに秘め、何も言わずにただ黙って耐え忍んできたのである。
しかし、心の中へ無理に押し込んだ想いは、時が経つにつれて少しずつ醸され、だんだん黒い大きな蟠りになっていった。
胸の奥底から熱い塊が突き上げるようで、堅魚はその感覚に苛立ち、何もかも破壊したくなるような衝動に駆られる。
だが、それをぶつけるべき相手は、決して堅魚に会いに来なかった。
守役の話によると、布留の屋敷の子供たちは、母親と共にまもなく父の元に引き取られ、都の父の別宅で暮らしているのだという。
父にはもう石上へ来る用事がなくなったのだ。
堅魚の元服の式にも、豊庭が祝いの品を持ってきてくれただけで、父は参列しなかった。諸魚の時も同じだ。
堅魚が貴族の子弟ならそろそろ宮中に出仕しはじめる年になっても、都からは何の音沙汰もない。
諸魚の病気が重くなって、一時危篤に陥った時にさえ、父からは文一つ来なかった。
無為に時が流れていく。
二十歳を過ぎても、堅魚は石上の森の中に捨て置かれたままだった。
堅魚は仕方なく、子供の頃と同じように守役の老人の手伝いを続けていた。
石上の珍しい宝物の数々や不思議な古い伝承。それらは確かに、堅魚にとって興味のあるものだ。
だが、所詮それらは古代の影に過ぎない。
堅魚はかび臭い蔵の中のにおいではなく、都の煌びやかな風を感じたかった。
伝説や神話の中の神々や人間の生涯を辿るのではなく、自分自身の人生を自分自身のものとして生きたかったのである。
しかし、堅魚にはどうしようもなかった。
ここを出て、どこかで一人で生きていこうと考えたこともある。
だが、諸魚をこのままここへ残していくことは、堅魚にはどうしてもできなかった。
赤子の頃の乳母が役目を終えて館を出ると、堅魚たち兄弟の世話は母の乳母だった老女と守役の老人だけが担うようになっていた。
その人たちも、堅魚が二十歳代のうちに相次いで亡くなり、病身の諸魚の世話は堅魚が一手に引き受けるようになっていたからである。
子供の頃から他人と交わったことがない諸魚は人見知りが激しく、堅魚以外の人間の世話を受けることを嫌がった。
それに、石上の神域に入ることを許されているのは、神事に関わる神官だけ。堅魚たちの食事の面倒などはみてくれるものの、穢れを伴う病人の看病はできない。
布留の里から特別に人を雇い入れるといっても、面倒な病人の世話をしなければならない上、一度引き受けたらこの先滅多に神域を出られないとあっては、なかなか応じてくれる人はいなかった。
静かで変化のない生活がいつ果てるともわからないまま続くうち、堅魚はやがて全てを諦めるようになった。
自分はこのままここで朽ち果てていくのだろう。
守役の後を継いで石上の宝物と伝承をまとめ、諸魚の看病をし、やがて老いて死ぬ。
そして、石上の森を望む山の上にある物部氏の古い墓所へ、人知れず葬られるのだ。
そう思うと、堅魚の心の中にあった黒い蟠りは、次第にその滾るような熱さを失っていった。
どす黒く渦巻いていた胸の炎も、やがて小さく縮こまり、重くて冷たい氷のような塊となって、心の奥の奥へと沈んでいく。
そして、堅魚はこう思い定めたのである。
自分には、父はいない、と。