第二章 -21-
黒い人影は、ゆっくりと歩を進めて、焚き火の明かりの中に姿を現した。
それは、まだ年若い男だった。
麻奈古より幾つか年上といったくらいか。
都ぶりに髪を結い上げて冠を被り、この辺りの者には珍しく洒落た絹の衣を身につけている。
少し痩せぎすではあるが大柄で、片手に持っている太い弓からして案外逞しい身体つきであることが覗えた。
だが、焚き火の薄暗い明かりの中に浮かび上がっている顔は、堅魚にすらあまり好ましいものではなかった。
別に、顔の造作がまずいといっているわけではない。
濃い眉や高い鼻梁からすれば、十分美男のうちに入るだろう。
しかし、男の眼には鈍い翳りがあり、どことなく下卑た感じがした。
皮肉げに歪められた唇にも、冷酷で残忍な気性が覗われる。
「佐底麿殿。わたくしに何の用です」
なるほど、これが例の男か。
出雲郡の大領だというが、存外に若い。おそらく、父親からその地位を継いだばかりなのだろう。
突然の佐底麿の出現に、堅魚は俄かに全身が緊張するのを覚えた。
佐底麿の方は、堅魚には目もくれずに、にやにや笑いながら麻奈古に答える。
「それはまた、冷たい言い様ですな。久しぶりの逢瀬だというのに」
「たわけたことを」
「あの夜、のことをお忘れかな。これでも、少しは肌を触れ合った仲ではありませんか」
暗い焚き火の明かりでさえ、麻奈古の顔色が変わったのがわかった。
危く難を逃れたと史は言っていたが、どうやら本当に危ないところまでいっていたらしい。
その時のことを思い出した屈辱と怒りのためか、麻奈古の唇はわなわなと小刻みに震えている。
だが、麻奈古はようやく自分を押さえ、冷たく張り詰めた声で佐底麿へ言った。
「わたくしはもうこれ以上あなたと関わり合いたくありませぬ。もう二度とわたくしの前に顔を見せないでいただきたい」
だが、佐底麿の方は麻奈古をせせら笑うように言葉を返す。
「なるほど、もう他の男に心変わりしたというわけか」
「何を」
「こんな寂しい場所で、二人仲良く馬を並べているとは。しかも、こんな刻限に。これでは、誰に問われても言い訳できますまいよ」
佐底麿はじろりと堅魚の方を睨みつける。
そして、麻奈古から顔を背けて、そっと小声で吐き捨てた。
「ちっ、一人でこの峠を通るからと聞いていたのに。早々と男を喰らいこんでいるではないか」




