第二章 -5-
老いた史の目から、大粒の涙が零れ落ちる。
堅魚も豊庭の面影を思い出して胸がつまり、しばらく黙って史を見つめていたが、やがて史の嗚咽が収まるのを待ってから尋ねた。
「本当に、兄上の行方は知れないのか」
「はい。未だに、生きておられるのか、亡くなってしまわれたのかすらわかりませぬ」
「兄上はどこへ行った後に、行方知れずになったのだ」
「豊庭様とわしは、この出雲へ入ってすぐにこの楯縫郡に参りました」
「それはなぜ?」
「わしの母は、黄泉国への入口である黄泉比良坂は、出雲国の稲目の窟戸にあると申しておりました。それは、海辺の岸壁にある大きな岩窟で、その奥の奥が黄泉比良坂へ繋がっているのだと。出雲の者はこの窟戸を恐ろしがって、決して中には入らないのだそうです。そればかりか、ここに入る夢を見ただけでも、その者はやがて死んでしまうのだとか」
「その、稲目の窟戸はどこにある?」
「残念ながら、母はそこまでは話してくれませんでした。でも、母の一族の出身地はこの楯縫の辺りだと聞いておりましたから、とにかくこの郡から探索をはじめようと思ったのです」
「それで、窟戸は見つかったのか」
「この辺りの者たちにいろいろと聞き回り、ようやくその場所を突き止めました」
「それはどこだ」
「実際には、この楯縫郡ではなく、もっと先の出雲郡にあることがわかりました。北の大海に面した海岸に、脳と呼ばれる磯があるのだそうです。その脳の磯から更に西へ少し入ったところにある、大そう大きな岩窟がそのその稲目の窟戸だと」
「そこへ行ってみたのか」
「それが、わしらがあれこれ人に聞き回っているのが、この辺りの者たちに怪しまれましてな。急に数人の男たちの取り囲まれてしまったのです。逃げようとしたのですが、わしは足に矢を受けてしまって、その男たちに捕まってしまいました」
「では、兄上も」
「いえ、豊庭様は武勇に優れたお方ですから、うまく追手をかわして逃げ延びてくださったようです。でも、わしの方はそのままこの郡家につれてこられ、わしが母の一族の話をしてこの出雲の血を引く者であることがわかるまで、厩の隅に押し込められて解放してもらえませんでした。それで、豊庭様をすぐに探しにいくこともできず」
「以後、兄上には会えずじまいということか」
「その通りでございます。もちろん、自由の身になってから、わしは稲目の窟戸はもちろん、それこそ出雲中を駆けずり回って、豊庭様の行方を探しました。でも、結局その消息は皆目わかりませぬ」




