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Epilogue:冒険家の夢

 ***


 修哉が先を歩く姿を見て、錬は昔を思い出していた。


 ――東雲錬という冒険家も、昔から冒険家として一人前ではなかった。


 幼少期を自然ばかりの環境で育った錬は、自然が嫌いだった。自然以外何もない自分の故郷に、価値を見いだせなかったのだ。


 しかし、ある時、錬は自分の故郷を訪れた冒険家に出会った。

 その出会いは、幼い錬が家族から畑仕事を頼まれていた時だった。


 その冒険家は畑仕事をしていた幼い錬を見ると、錬の頭を優しく撫でながら故郷のことを褒めた。錬の故郷は世界中でも屈指の素晴らしい場所だ、と。

 錬はその冒険家に頭を撫でられながら自分の故郷を褒められたことで、初めて自分のいる場所に価値があるのではないかと思い始めた。どこが素晴らしいのか分からないが、何故か冒険家の言葉は、すんなりと受け入れることが出来た。


 暫くの間、幼い錬と冒険家は語り合っていたが、いつしか冒険家が去ろうとした。冒険家が冒険に出るのは、当たり前のことだ。しかし、そのことを理解出来なかった幼い錬は、冒険家のことをギュッと抱きしめ、離れないようにした。自分でも分からないくらいに、目の前にいる冒険家を離したくなかったのだ。


「何だ、坊やも冒険に興味があるのかい?」


 幼い錬は少しでも目の前の冒険家の気を引こうとウンウンと頷いた。冒険のボの字も知らないが、頷かなければ冒険家がすぐにでも去って行ってしまう気がした。


「それじゃあ、一緒に行こうか」


 冒険家は幼い錬に笑って、手を差し伸べた。錬は満面の笑みで、その冒険家の手を握った。


 錬が初めて冒険した場所は、自分の故郷の一番高い山だった。いつも畑仕事をしながらこの山のことを見ていたが、頂上から見る景色がこんなにも素晴らしいものだとは思わなかった。


「ほら、ここは最高の場所だろ?」


 冒険家は錬に向かって、まるで分かっていたかのように笑顔を見せた。錬はウンウンと頷き、家族から昼食用にと持たされていた二つのオニギリの内、一つを冒険家に自ら渡した。


「お、いいのかい? それじゃあ、いただきます」


 冒険家は錬からオニギリを受け取ると、心の底から美味しそうに食べた。普段は何とも思っていなかったオニギリだったが、冒険家が食べている姿を見ると、いつものオニギリも格別に美味しいオニギリに思えた。


「ごちそうさま。腹もいっぱいになったし、ここらで休憩でもするか」


 気持ちよく吹く風を肌に感じると、冒険家はその場で寝転がった。寝転ぶ冒険家に向かって、錬はどうしたら冒険家のようになれるのか訊ねた。


「自分自身を作ることだな。そうしたら、どんな環境に行ったとしても、臆することなく歩めるさ」


 冒険家は嫌な一つせずに真面目に錬の質問に答えた。錬は目を輝かせて、冒険家の話に聞き入っている。


 錬の純粋な姿に、冒険家は微笑みを浮かべると、


「坊やも自分を作って一人前の冒険家になることが出来たら――」


 言葉の途中で、スヤスヤと寝息を立てた。


 言葉の続きを聞き出そうと冒険家の体を揺さぶろうとしたが、冒険家の姿を見て、錬はあくびをした。

 錬はまだ冒険家と話していたかったが、初めての冒険ということもあって疲れが溜まっていた。だから、眠気を抑えきれなかった錬は、冒険家の隣で寝ることにした。


 錬は夢を見た。

 未来の錬が多くの人に向かって、自分が歩んだ軌跡を意気揚々と話しているところだった。人々は皆、錬の話を楽しげに聞いていて、更に噂を広げ、世界中で錬のことを知らない人は誰もいないようになっていた。

 そして、その錬の姿を見て、冒険家が自分の大切な宝のようなものを、錬に渡そうとしていた。


 錬はそこで目を覚ました。錬が目を覚ますと、冒険家はいなくなっていた。


 幼い錬は自分が冒険家と出会ったのは夢だったのではないかと思うようになった。しかし、ふと錬の手に何かが握られていることに気付き、錬は自分の手にあるモノを見た。


「冒険家の道は辛く険しいけど、最後まで諦めずに挑戦すれば必ず叶う。一人前の冒険家になって、いつか再び会える日を楽しみにしているよ」


 錬の手にあったのは、冒険家からの手紙だった。

 その手紙を読み終わると、錬は自分のポケットに手紙を入れて家に戻った。


 次の日からは、錬は冒険家となるために自分の肉体も精神も鍛え始めた。どんな状況でも耐えられるよう、自分を限界以上まで作った。自分の限界を超えるということは辛くて諦めたくなったが、冒険家の言葉があったから頑張ることが出来た。

 また、自分を鍛えていく中でも欠かさず畑仕事を手伝っていたが、畑仕事の合間に自分の故郷をより良く作ろうと改良したりもした。その甲斐もあってか、錬の故郷は知る人ぞ知る、隠れた名所――まさしく秘境となっていた。


 すべては、冒険家とまた一目でも会いたいという思いから来ていた。


 そして、錬自身でも冒険家として納得できるまでに自分自身を作り終えたのが、三十代になってからだった。


 錬は三十代になると、家族を故郷に置いて、冒険に出るようになった。自分の故郷から逃げ出したわけではなく、自分の夢を叶えるためだ。


 しかし、冒険に出始めたは良いものの、全てが簡単に達成されるわけではなかった。

 いくら自分を数十年間作ったからといって、完璧になったわけではない。当然のことながら、錬も人間だ。

 でも、だからこそ錬は楽しむことが出来た。

 何故なら、冒険を通じて、新たに変化する喜びを味わえたからだ。


 錬は冒険に出て新たな秘境を見つけると、一切出し惜しみすることなく、人々にありのままを伝えた。


 人々が錬の話を聞いて喜ぶ姿を見て、いつしか錬の夢は形を変えた。


 冒険家の姿を追いかけるだけではなく、あの冒険家が自分にそうしてくれたように、自分もその土地の価値を再発見させたい。そして、その素晴らしい場所を多くの人と共有したい。


 それが、錬が理想とする冒険家の姿になっていた。


 いくら自分一人で秘境を見つけても、一人だったら何の意味もない。心から喜ぶことも出来ない。


 錬はこの三十年余りの時間、多くの秘境を旅して来た。

 それでも、あの冒険家に再会できたことは一度もない。


 いつか。

 いつか出逢える日は――。


「師匠、早く次の秘境を探しましょうよ」


 物思いに浸っている錬を、修哉は子供のように手を振りながら呼んだ。


「ああ、今行くよ」


 錬はその修哉の姿を見て、笑いながら手を振り返した。


(私も、あの冒険家のようになれたのだろうか。彼のような心を持っているだろうか)


 でも、その考えの答えが来ることも近いのかもしれないと錬は思っていた。


 修哉が錬を慕う心は、錬が冒険家を慕っていた時と同じだからだ。


 ――歴史は繰り返されていく、少しだけ形を変化させながら。


 錬は修哉が手を振っている場所まで、笑顔のまま歩き始めた。

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