冒険の果てに
***
――。
言葉が出なかった、それが初めて修哉が秘境を訪れた時の率直な感想だ。
今、修哉と錬がいる場所は山の頂上だ。
入口は険しく異様な雰囲気が漂っていて、歩く道のりも暗く不安になった。しかし、それでも諦めずに頑張った甲斐もあって、頂上からの景色は言葉で言い表せないほど素晴らしかった。
「どうだい、初めて見る場所は?」
錬は、景色に圧巻されている修哉に話しかけた。
「……すごい、の一言しか出てこないです。今まで生きてきた中で一番素晴らしい場所です」
修哉は自分で言って、自分の言葉に涙を流した。ようやく修哉自身がしたかったことに出会えた気がしたのだ。
「私も同じ感想だよ。特に、ここから見る景色だけではなく、あそこに岩があるというのも良い」
錬は少し離れた東側の場所にある岩を指差した。修哉は錬の指を追って、岩の方向を見た。
最初、修哉が見た時はただの岩にしか見えなかった。
しかし、修哉は顔の角度を変えてみたりと、注視して見ると何かの姿をしているように見えた。
その岩は、ライオンのような形をしていた。
さらに、それだけではなく昇って来る太陽に向かって雄叫びを上げている姿のようで、これから来る日を恐れずに堂々と歩むような姿でもあった。
まるで、ここに来た者を称え、祝福しているかのようだ。
少なくとも、修哉はそう感じた。
(俺と同じタイミングで登って来たのに、この人は一瞬でここまで判断したのか)
修哉は錬の観察力の深さに感動していた。
「でもね、世界には人に知られていないだけでもっと素敵な秘境だって実際にはある」
「もっと、あるんですか?」
修哉は錬の言葉に驚いて、言葉を反芻した。
「そう。自分が実際に足を踏み出してこそ、新しい秘境を発見することが出来るんだ。先ほども話したけど、私はまず自分の目で確認して、嘘偽りなく実際にあった美しい秘境を、人々に伝えて行きたいんだ」
錬は満面の笑みで、誰も到達したことがなかった頂上で夢を語った。
大きな夢で、なかなか人に共感されにくい夢。
時には、夢物語だと笑われて流されてしまうこともある。
それでも、東雲錬という冒険家は、その夢を成すまでに尋常ではない努力を積み重ねて来た。
「……俺も。俺にもその錬さんの夢の手伝いをすることが出来ますか?」
修哉は秘境に訪れることが出来た中で、発見した新たな目標を錬に話した。
「実際に秘境があると言っても信じられない人がいる、と先ほど錬さん言ってましたよね。なら、まだ若くて未熟な俺でも錬さんと旅をして秘境を発見することが出来るということを証明すれば、自分も秘境を見ることが出来るんだと信じてもらえると思うんです」
修哉は今見ている雄大な景色を見て、多くの人にも自身の目で見てもらいたいと思っていた。また、錬のことを疑う人がいるならば、少しでも減らしてあげたかった。
こんなに優しくて、人を想っている錬のことを、放っておくことは出来ない。
「俺にはまだ全然錬さんの苦労とか喜びとか分からないですけど、それでも俺は錬さんの力になりたいんです。だって、錬さんが見つけたこの素晴らしい景色が誰にも信じられないなんて、あまりにも勿体ないじゃないですか! だから――」
修哉は自分で話している内に何を伝えようとしているのか分からなくなり、もどかしくなって軽く頭を掻いた。
「えっと、何を言いたいのか良く分からなくなってきたんですけど……つまり」
「ありがとう」
修哉が言葉を選んでいると、錬は一言だけ言って修哉の言葉を切った。
「修哉の言いたいことは分かった。そう言って貰えて、素直に嬉しいよ。でも、私と共に冒険をするということは、修哉が思っている以上に簡単なことではないんだ。苦労は欠かせないし、命を落とす危険だってある……それでも良いんだね?」
「はい。俺は最後まで錬さんについて行きます」
修哉は迷わず答えた。
この機会を逃してしまったら、おそらく二度と変わる機会は訪れないだろう、と修哉は直感していた。
きっと錬以上に修哉を見つめてくれる人とも出会うことはない。
「絶対について行って見せます。だって、錬さんは俺の人生の師匠ですから」
修哉は絶景の秘境を見ながら錬に笑顔を向けた。
(この人と一緒なら、どこへでも行ける気がする)
この時、修哉は確信めいた想いを抱いていた。