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Episode3:冒険家の幸福

 ***


「修哉は冒険をしていて楽しくないかい?」


 錬に手を介抱してもらってから、暫く無言で歩き続けた時だった。


 突然、錬が修哉に向けて問いの言葉を投げかけた。錬の質問を耳にした修哉は、自分でも心臓が跳ね上がったのが分かった。


 なかなか秘境が見つからないこと、またギルとシンに出会ったことが重なって、今の修哉は冒険を心の底から楽しめていなかった。


 先ほどの錬に掛けてもらった言葉で少しは落ち着いたものの、修哉の心はまだ完全に晴れてはいなかった。


「……いや、質問を変えようかな。修哉にとって冒険をしている時に楽しいと思えることはなんだい?」


 黙り込む修哉に対し、錬は新たな質問をぶつける。


「……」


 錬の質問の答えを探すため、修哉は自分にとって冒険をする時に楽しいことは何のか考えてみた。


「――俺は新たな秘境を見つけた時が楽しいです」


 そして、一つの答えが修哉の頭の中に浮かぶと、その答えを言葉に乗せた。


 修哉にとって楽しい時は秘境を見つけた時だ。新たな場所を知った時の感動は、忘れられない。


「そうか。なら、秘境を探すという目的を達成出来れば、その過程は何も楽しくなく意味がない、ということだね?」

「――ッ、違い」


 違います、という言葉を言おうとしたが、修哉はその言葉を口に出来なかった。

 何故なら、修哉が先導しながら洞窟に入って今までの間、秘境を早く見つけたいという考えで頭が一杯になっていて、周りのことを見ることが出来ていなかったからだ。


 言葉の行き先を失って静かに下を向く修哉を見て、錬は微笑んだ。


「いいかい、秘境を探すことにおいても、例えば勉強することにおいても、目的というものは希望と喜びなんだ」

「希望と、喜び……」


 修哉はその言葉を自分の口で反芻した。


 その修哉の言葉に頷くと、錬は自分のリュックの中をゴソゴソと探し始めた。修哉は何を取り出すのか全く見当がつかなくて、錬の様子を黙って見守る。そして、錬はリュックの中から手を引き出した。


 錬の手の平には、スッポリと収まるほど小さくはあるが、とても美しい石があった。


「……それは?」

「これは、この洞窟の中で拾ったものだよ」


 修哉は驚いて錬の顔を見た。

 修哉が秘境を探すことだけに熱中している間に、錬は別のものまでも見つけていたなんて信じられなかった。


 修哉の表情に、錬はくすりと微笑を浮かべる。


「急いで目的だけを達成しようとするなら、過程の中で喜びがないんだ。周りを見てごらん」


 修哉は錬の言われた通りに、周囲に目を向けた。


 今まで修哉が意識していなかっただけで、この洞窟にはキラキラと輝く神秘的なモノが散りばめられていた。夜空に浮かぶ星々、森の中の蛍――そのような光景を沸々と連想させる。


 先ほどまでも見ていたはずの景色だったのに、今になって初めて修哉はこの景色に心を動かされた。


「秘境を見つける、という目的を消化することだけに溺れてしまうと、冒険の価値がなくなってしまうだろう? なら、そうならないためにはどうしたら良いと思う?」

「――どう……すべきでしょうか」


 修哉は錬の質問に答えることが出来なかった。その答えは、修哉には分からない。即答出来るならば、錬のように冒険を楽しんでいるだろう。


「答えは、最初から最後まで好きなことを行なうようにすること。そうしてこそ、踏み出す場所全てが、キラキラと輝いて見える」


 錬が何もない場所でもあんなにワクワクとした表情で歩いていた理由を、修哉はようやく理解することが出来た。


 錬は秘境を見つけるための過程を全て楽しんでいたのだ。極端に言ってしまえば、今居る場所でさえも秘境として見ている。


 だからこそ、道の途中に落ちている宝物を見つけることが出来たのだ。


「師匠、ありがとうございます」


 錬から話を聞き終えた修哉は、自然と礼の言葉が口から出ていた。修哉の言葉に、錬はにっこりと笑った。


「それでは冒険の続きをしよう」


 錬の言葉に修哉は頷き、再び先頭を歩き始めた。錬は何も言わずに、修哉の後ろをついて行く。


(もし、俺が師匠以外の人を師匠としていたらどうなっていただろう)


 修哉は錬と歩き始めて、ふと、もしものことを考えるようになった。


 仮に修哉がギルの弟子になったとしたら、シンのように下僕のような生活を送っていたかもしれない。もし権力ばかりを振りかざす人の弟子になったとしたら、荷物持ちのような生活を送ったかもしれない。


 修哉が失敗した時や迷った時に、いつも明確な答えと方法を教えてくれるのは錬だけだ。錬の言葉によって、修哉は心身共に変化を味わうことが出来る。


 そのように自分を導いてくれる師匠がいるということは、きっと幸福のことだ。


 ***


「ここ……怪しくないですか?」


 人一人が横向きになってようやくギリギリ通れそうな狭い脇道の目の前に、修哉と錬は立っていた。

 周りに意識を張り巡らせていてこそ、見つけることが出来るような場所にその脇道はあった。先ほどの錬の話を聞いて、秘境を見つける過程を楽しんでいなければ修哉は見逃していただろう。


「修哉はどうしたいんだい?」

「……俺は、この先に行ってみたいです」


 錬の質問に、修哉は狭い脇道を見つめながら言った。その言葉には修哉の強い意志が込められていた。


「なら、私も修哉の後について行くよ」


 錬は絶対的に間違ったことでなければ、修哉の自由意思を尊重してくれる。修哉は錬の言葉を聞くと、荷物を置いて狭い脇道に入った。

 実際に入ってみると、予想していたよりも遥かに狭かった。でも、予想していたよりも長くはなかった。


 狭い脇道の出口まで近づくと、あまりの景色の眩さに、修哉は一瞬目を閉じた。

 光に包まれるような感覚。まるで、それは――。

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